王子さまは誰だ
「・・・あれ? 痛くない」
ぽかんとした表情で、サシャがそんなことを口にした。
それはそうだろう。
サシャ、君のためにルドヴィックがクッションになったんだから。
「・・・え? なんで?」
「早くどいてあげないと、ルドヴィックが死ぬよ?」
「あれ? セスさま? え、あら? ル、ルドヴィックさま? ええ、なんで?」
状況がまだよく掴めていないサシャは、自分のお尻の下でのびているルドヴィックを見て目を丸くした。
ルドヴィック、気絶している。
大丈夫か、本当に。
僕は護衛の一人に合図をして、ルドヴィックの様子をみてもらった。
護衛はサシャをどかすと、ルドヴィックの首筋とか手首とか足とか、色々と触っては確認していく。
「ご令嬢を受け止めた時に右手首を捻っている様ですが、あとは奇跡的に怪我をしておられません」
その言葉に、僕はホッと胸を撫で下ろした。
サシャは目に涙を浮かべて気絶したルドヴィックを見つめている。
「ルドヴィックさま。ごめんなさい、私のために・・・」
そう呟きながら、心なしか頬をうっすらと染めているような。
ん?
これは、もしかして。
--- サシャさまがセスを好きになった時と同じことが起きたら ---
僕はアデラインの言葉を思い出す。
--- 今のサシャ嬢は、さすがに木には登らないよ ---
いや、登ってました。
登ってたというか、窓から飛び移ってました。
うん? 待てよ、待てよ?
つまりこれは、前にアデルが言っていた通りのことが起きたのでは。
必死になってルドヴィックの名前を呼ぶサシャを見て、僕はひとり納得する。
ルドヴィック。
--- 全力で口説きます ---
そう言って笑ってたけど。
「・・・本当に全力っていうか、命懸けっていうか・・・まぁ結果オーライと言うべきなのかな」
白目をむいて気絶しているルドヴィックに、僕はそんな言葉をかけた。聞こえている筈もないのに。
・・・と、そこに。
「なんだ、なんだ? お前らは」
やたらと偉そうな声が聞こえてきた。
おっと、悪者の登場か。
そう思って振り向いたら。
「勝手に他人の敷地に忍び込んでこんな狼藉を働くとは・・・お前ら、覚悟しておけよっ! フォートナム伯爵家が黙っていないからなぁっ!」
「・・・」
うん。
まるで悪役そのまんまの台詞を吐いた男、アヒクールは、威勢のいい言葉とは裏腹に、両手を後ろに縛られ、頬や唇を真っ赤に腫らした状態で現れた。
首根っこを虎さんの一人、アンドレに掴まれて。
その顔。
赤くなって、唇とかパンパンに腫れてるけど。
まさかアンドレ、お前。
「・・・私が殴った訳ではないぞ。こいつを捕まえた時点で、既にこの顔だった」
「あ、そうなんだ」
「そちらのご令嬢が投げた物が当たって皮膚がかぶれた様ですよ」
アンドレの後ろから、もう一人の虎さんが現れる。
なるほど、カラシ爆弾か。
こちらの虎さんは、執事らしき男性を捕まえている。
そしてその喉元には・・・うわぁ、僕があげた短剣をそこで使わないでよ。怖い。
「き、貴様らオレにこんな真似をして、ただで済むと・・・」
「思ってますよ?」
さらりと遮る。
アヒクールは目を大きく見開いて、何を馬鹿なと呟いた。
「フォートナム伯爵とは既に話がついています。さて、自己紹介を致しましょうか。僕はセシリアン・ノッガー。ノッガー侯爵家の次期当主です。ちなみに来年、爵位を継ぐ予定です」
「こ、侯爵」
「そして貴方をふん縛っているのが」
「アンドレ・ランデルだ。つい最近、侯爵家に婿入りした。生まれは公爵家だ」
アヒクールの隣で、アンドレが通常運転でふんぞりかえる。
「彼の生家はデュフレス公爵家です。参考までに私も自己紹介をさせてもらいますね。この度、義弟の婿入りに伴い、そのデュフレス公爵家を継ぐことになったジョルジオと申します」
「デュフレス、公爵、家・・・」
義弟が好きすぎて、わざわざアンドレにくっついて悪者成敗に加勢してくれたブラコンの虎さんが説明を締め括る。
顔を真っ青にしたのはアヒクールとその執事の男だ。
そりゃそうだろう。
爵位だけで考えても太刀打ち出来る訳がない。
「・・、どうして成り上がり男爵の娘ごときに高位貴族が出てくるんだ。あり得ないだろ・・・大体、ノッガー侯爵家はその女に迷惑をかけられたんじゃないのか? 根も葉もない噂を撒かれたんだろ?」
「まあ、それはそうだけど。解決済みだからね。今はお抱えの商人としてよく働いてくれてるし」
「そんな・・・」
「あ、それから、ロヒタス伯爵は貴方とは縁を切るそうだよ?」
「え?」
「もう面倒みきれないってさ」
「・・・っ」
がくりと膝をつくアヒクールを横目に、僕たちはサシャと気絶したルドヴィックを連れてさっさと撤退する。
去り際に、ジョルジオが散々脅しをかけてからだけどね。
さて、ヤンセン男爵家にサシャを送り届けたら、何故かルドヴィックも一緒に置いていけと言われたのでそうしておいた。
今や、彼こそがサシャの王子さまとなったらしい。
よかったね、ルドヴィック。
未だ絶賛気絶中で目を覚まさないルドヴィックに、僕は聞こえる筈もないエールを送った。
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