指南はぜひこちらまで
「・・・で? 久しぶりに可愛い弟が呼び出してきたと思ったら、いきなり相談って何ごとかな?」
トルファンは気だるそうに前髪をかきあげながら、ちらりと目の前の弟と、その隣の青年に視線を投げかける。
「珍しく婚約者が一緒じゃないんだね。今日はアデライン嬢は?」
「あ、あ~、えっと。今日はちょっと用事があって屋敷に残ってるんだ」
用事があって来られなかったのは本当だ。
嘘じゃない。
「そう。で、そちらの方は?」
「あ、あの」
いかにも知らない人だと言わんばかりに、トルファンはセスの隣にいる人物のことを問う。
けれど、情報通の彼が、既に社交デビュー済みの人物を知らない筈はないのだ。
・・・きっと、なんで連れて来たのかもお見通しなんだろうな。
いや、もしかすると、名前どころか年齢、趣味、職業まで把握済みかも。
そんなことを思いつつ、セシリアンは隣の人物を兄に紹介する。
「ええと、最近知り合ったルドヴィッグ・トルソー子爵令息です。今はお母さまの実家が経営するヘリパッグ商会で働いておられるそうで」
その言葉を受けて、トルファンはセスの隣のルドヴィッグににこりと笑いかける。
「こんにちは。ルドヴィッグ令息。セシリアンの兄のトルファン・ダルトンです」
「あ、あの、初めまして。ダルトン令息。本日はお時間を取っていただきありがとうございます」
トルファンが軽く会釈をすると、ルドヴィッグもまた緊張気味に頭を下げた。
おお今回は噛んでないぞ、などと呑気な感想を抱いたセスをよそに、二人の会話は続く。
「ヘリパッグ商会ならよく利用してるよ。あそこの画材の品揃えは豊富でいいよね。あちこち探し回らないで済むから重宝してるんだ」
「本当ですか、ありがとうございます!」
その言葉に、一瞬でルドヴィッグの表情が明るくなった。
「ほら、画材ってさ、ものによっては凄くかさばるだろう? 大きなキャンバスとか抱えて街中を歩き回るのも大変でさ」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「いや、正直な感想だよ」
とんとん弾む会話に、セスは感嘆の眼差しを兄に向ける。
おお、さすがは社交上手のトル兄。
すぐに打ち解けちゃったぞ。
やっぱり交友関係の相談なら、トル兄以上の適任はいないよね、うん。
そう思ったセスは、勢いこんで口を開いた。
「あ、あのさトル兄。実はさ、トル兄に相談したい事って・・・」
「ん? なんだい? もしかして、サシャ嬢のことかな」
あっさりと当てられた事に、セスもルドヴィックもぽかんと口を開ける。
「・・・なんで」
「ふふ、情報源はひみつ」
トルファンは、そう言うと悪戯っぽく人差し指を口に当てる。
「まあ、ルドヴィック令息も勇気を出してセスに突撃したんだろうけど、あいにくこの子はサシャ嬢のこと何にも覚えてないからね」
アドバイスするにしろ励ますにしろ、覚えてなければ何も言いようがないものね?とトルファンは続けた。
「そんな時に私のことを思い出して、こうして頼ってくれたのは兄としては嬉しいけれど」
トルファンは腕組みをして、椅子の背もたれに寄りかかる。
「でもね、私は一年半前、お前がサシャ嬢に迷惑をかけられたことを、まだ少~し根に持ってるんだよなぁ」
「ト、トル兄」
トルファンの発言に目を見開くルドヴィックの横で、セスが焦った様な声を上げた。
「分かってるよ? あれから、サシャ嬢が反省してノッガー侯爵家のお抱え商会の様な役割を果たして色々と頑張ってるってことはね」
「・・・」
「まあ、私はお前があの時の様に被害を受ける様な事がなければ、それで構わないとは思ってるけどね、セスみたいに優しくする気には中々なれなくてさ」
そう言うと、ちらりとルドヴィックに視線を向けた。
「ねえ、ルドヴィック令息」
「は、はい」
「仮に、君がサシャ嬢の夫となったとして」
「・・・っ!」
ルドヴィックの顔が、瞬時に赤くなる。
「君は彼女の手綱を握れるかい?」
「・・・え?」
「確かにサシャ嬢はビジネスの才能がある様だね。まあ思い込みは激しいけど、別に性格が悪いという訳でもない。変な勘違いをして暴走しない様に、彼女の隣でしっかりと進むべき方向を定めてあげられる人がいたらいいとは思う」
「ダルトン令息・・・」
「ただ、君はそれが出来る人ならの話だけど」
ルドヴィックの表情が引き締まる。
「出来ないのなら、きっと結婚してもすれ違うだけだ。諦めた方がいい」
「・・・何もしないうちから彼女を諦めるという選択肢はありません。僕が嫌いだと言われたならともかく、僕がどういう人間かもまだ知ってもらっていませんから」
「・・・今のところ、よその商会員さんっていう認識しかされてないらしいけど?」
「そ、それはこれから改善を・・・」
トルファンはくすりと笑った。
「そっか。じゃあ頑張るんだ?」
「はい!」
「ふふ、一途だね。で相談、だっけ? とりあえず話を聞かせてもらおうか」
「はい、ぜひ宜しくご指導くだ・・・くだ、しゃいませ!」
「・・・はい宜しくね」
トルファンは笑いを堪えながらも、なんとか答えを返す。
だがセスはと言うと、堪えきれずにふ、と苦笑を漏らしていた。
ルドヴィック。
せっかくの決意表明だったのに。
君は、ここぞという場面で噛むクセを、いい加減に直した方がいい。
でないと、プロポーズの言葉を口にする時に、とんでもなく恥ずかしい思いをする気がするよ。
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