肖像画
それに気づいたのは、ほんの偶然。
義父とアデラインのことや、ルドヴィックのことを考えて眠りそびれた僕は、息抜きに本でも読もうと書庫に足を向けた夜のことだ。
その途中、ある部屋の扉から光が微かに漏れている事に気づき、足を止める。
そこは普段は鍵がかかっている部屋。
確かショーンから聞いた話では、今はもう使わないものを仕舞っておく部屋だった。
僕はそこに入った事がなく、またこんな時間になぜ明かりがと不思議に思った事もあって、そっと中を覗いてみた。
「・・・」
そこにいたのは、予想もしてなかった人。
義父だ。
義父が絵を眺めていた。
親子三人の姿を描いた肖像画を。
「義父上・・・」
「・・・」
僕の声に、義父がゆっくりと振り返る。
「・・・セスか」
義父が見ていた肖像画は、全部で六枚ほど。
一番端にあったのは、生後数カ月の赤ちゃんを抱くアーリン夫人と義父の絵だった。
一年ごとに一枚描かせていたのだろう。
アーリン夫人の腕の中に抱かれていた赤ちゃんは一枚ごとに少しずつ成長していく。
四歳、五歳くらいになると、今のアデラインの面影がはっきりと伺えた。
もちろん、すごく、とんでもなく可愛い。
そして、今更ながらアーリン夫人によく似ているな、と思った。
付け加えるなら、今よりもずっと若い義父の姿は、僕に。
僕に、似てる。
「・・・こんなに絵があったんですね。踊り場に飾られている一枚だけだと思っていました」
僕の言葉に、義父がああ、と頷く。
「あの一枚以外は全てここに運び込ませたからな」
「・・・それをどうして今、わざわざ見てらっしゃるんです?」
「・・・絵で見たら、どうなるかと」
「はい?」
「絵なら・・・アデラインを認識出来るのかもしれない、そう思った」
「・・・」
僕は一歩、義父に近づいた。
「それで、どうでしたか?」
「・・・そのままだ」
「え?」
「そのまま、ちゃんとアデルに見える」
「・・・っ」
「アーリンの姿が隣にあるから、なのだろうか」
切なそうに義父は呟いた。
「よく似ている・・・アーリンとアデルは本当によく・・・だが」
義父は手を伸ばし、絵の表面をそっと指で撫でた。
「決して同じではない、のに」
アデラインは、アデラインなのに。
小さな、小さな声だった。
十年以上逃げ続け、拒否し続けた自身の歪みという現実。
きっと、口にするのも厭わしく、悍ましかったのだろう。
認めるまでに長すぎた。遅すぎた。でも。
やっと向き合ってくれるのなら。
最後まで逃げようとするよりはずっと。
義父上、と声をかけようとして口を開いた時、義父もまたセスの名を呼んだ。
視線は、肖像画に縫いとめられたままで。
「従兄妹が産んだ三番目の子が母親似だと聞いた時、ならば私とも似ているのだろうと漠然と思っていた。だが実際に会ってみると、その子には考えていたよりもノッガー家の血統が色濃く出ていてな。同じくノッガー家の特徴が強い私に、とてもよく似ていて驚いた」
「・・・」
僕。
僕のこと、だよね。
「その子がアデルを幸せにしてくれたら。そうしたら、私の罪も少しは和らぐかもしれない。そう思った。だからその子を養子にした」
「僕が貴方の罪を和らげるのですか」
「随分とムシのいい事を言っていると分かってる。だが、あの時はそうとしか思えなかった。もちろん、お前たち二人の気持ちは尊重するつもりでいたが」
「僕は貴方の代役ではありませんよ」
「ああ、分かっている・・・今は」
この間も、義父はずっと肖像画から目を離さなかった。
アーリン夫人を見ているのか、それとも普段は見ることが出来ないアデルの方か、はたまた両方なのか。
「・・・お前はすぐにアデラインに好意を持ったらしいとショーンからの報告で聞いていた。そして、アデラインもまた、お前がここに来て少しずつ変わっていったと・・・良い方に」
ふ、と息を吐いた。
義父は、まるで宝物のように、何度も優しく絵を撫でる。
そして。
「・・・お前がこの家に来てくれて良かった」
そう言ってくれた。
その言葉に、胸がじわりと熱くなる。
「義父上・・・」
「だが」
「え」
「クッキー七枚は取りすぎだ」
「・・・」
義父上。
今それを仰いますか。
「・・・ふふ」
僕は堪えきれず、つい笑い声を漏らした。
義父はじとりとこちらを睨む。
でも僕は、当然ながらそんなことは気にしない。
けっこう根に持ってるみたいだ。
よほど食べたかったんだろうな。
だけど。
僕が実際に食べた枚数は、七枚どころじゃないんだよね。
いや、わざわざ自分からバラすような馬鹿な真似はしないけどさ。
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