初めての手紙
次の日の朝のことだ。
アデラインは、僕が想像していたよりもスッキリとした顔で部屋から出て来た。
ほんの少し。
そう、ほんの少しだけ淡い期待を抱いて僕たちは食堂に向かう。
でも、そこに義父の姿はない。
使用人に尋ねれば、既に登城した後だという。
まあ、そう直ぐに人は変われないか。
少しは前進したんだしね、そう納得しようとした時だった。
ショーンがトレイに手紙を乗せてアデラインに近づいて来た。
心なしか嬉しそうに見えるショーンは、トレイをすっとアデラインの前に差し出す。
そして、静かな声で「旦那さまからです」と言った。
突然目の前に差し出された父親からの手紙に、アデラインは目を丸くする。
当然、僕もだ。
「お手紙・・・お父さまから?」
「左様でございます」
アデラインは恐る恐る手を伸ばし、トレイから手紙を受け取る。
そしてその場で封を開けた。
「・・・」
素早く目を走らせた後、アデルが目を大きく見開いた。
「アデル?」
心配そうに問いかけた僕に、アデルはそっと手紙を見せてくれた。
アデルの呆けた様な表情が気になって、慌てて紙面に目を落とす。
そこに書かれていたのは、もちろん義父の字で。
内容は非常に簡潔なもの。
ただ一言、土曜日の午後3時、とだけ書いてあった。
僕は、首を傾げた。
これは、もしかして。
そう思って顔を上げた僕は、こちらを見つめるアデラインの瞳と視線が交わった。
アデラインの眼が、期待に輝いて見える。
きっと、思ったことは僕と同じ。
だから、僕は頷いた。
そう。
きっと、これは昨日の約束の返事。
僕が頷き返したのを見て、アデラインの表情が分かりやすく緩んで。
つられるようにして、僕も笑った。
「土曜の午後の予定は、3人で仲良く庭の散歩になりそうだね」
僕のその言葉を耳にして、アデラインの眼にじわりと涙が滲む。
そして、手紙をぎゅっと胸に押し当てた。
良かった。
一応、僕の言葉は義父に届いていたのかな。
--- 視界に入れるのも嫌だったなら手紙でもよかった
忙しくて会えない、でも愛している、そう書くだけで良かったのです ---
まあ、それにしても。
日時だけを伝えて来るなんて、愛想も色気もない手紙だけど。
僕は思わず苦笑した。
どこまでも不器用な義父らしいと言えばらしいのかな。
「義父上は目を瞑って歩かなくてはいけないから、この日は僕たちが先に部屋まで迎えに行こうか」
「・・・そうね」
そう答えつつも、アデラインはまだ義父からの手紙を仕舞うことが出来ずにいる。
嬉しそうな顔で、ずっとじっと眺めている。
そりゃそうだよね。
10年以上すれ違い続けた父親から、やっと貰えた手紙だもの。
僕みたいな人間からすれば、もっと怒ってもいいんじゃないかと思ってしまうけれど。
アデラインが素直に喜んでいるのだから仕方がない。
良かったね、アデライン。
書かれていたのはたった一言だけ。
しかも、手紙と言うよりはメモと言ってもいいと思うくらいの代物だ。
でも、これまでの事を考えると義父上にしては頑張ったのだろう。
たぶんこれを書くだけでも、相当な勇気を振り絞ったのだろうから。
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