息を一つ



何事もなく義父を部屋まで送り届けた後、扉が閉まった瞬間にアデラインは大きく息を吐いた。



深呼吸なのか、安堵したのか、僕がアデラインの方を振り返った時には、表情が戻っていたから分からないけれど。



「・・・頑張ったね、アデル」


「・・・うん」



それからアデラインの部屋へと戻る途中、僕たちは取りとめのない会話をした。


わざとじゃないかって思うくらいに、何の関係もない話ばかりを。



「それじゃお休み、アデライン。良い夢を」



お決まりのほっぺにキスと、いつもの挨拶の言葉。



「・・・お休みなさい」



おでこを合わせて、いつもならここで離れる。



だけど、今夜は腕が解かれなかった。



・・・アデラインの腕が、がっちりと僕を掴まえていたから。



「アデル?」


「・・・びっくり、したの」



アデルが、僕の胸に顔を埋める。



「知らなかった事ばかりで、今までずっとそうだって思ってた事がひっくり返って」


「だよね。びっくりするよね」


「お父さま、わたくしのこと嫌ってないって」


「うん」


「わたくしに嫌われないか、不安だったって」


「そうだね」


「今度・・・今度、庭を一緒に散歩して下さるって・・・」


「うん」



胸に顔を埋めているせいで表情は見えないけど、きっと口元が緩んでるんだろうな。



「頑張ったよね、アデル。偉い偉い」



僕は、宥める様にアデラインの頭をぽんぽんと叩いた。



「もう・・・わたくしの方が年上なのに」


「2日だけね?」



声音だけの判断になるけど、思ってたよりショックを受けてなさそうだと僕は心の中で呟いた。



「揶揄った訳じゃないよ? 本当に頑張ったと思ってる。目を瞑った義父の手を取るなんて、アデルも思い切ったね」


「・・・咄嗟に体が動いたの。それだけよ。あのまま終わってしまったら、何だかいけない様な気がしたから」


「うん。そうだったかもね」



この間もずっと僕は、腕の中にいるアデラインの頭をあやすように撫で続けていた。



そう。

つまりはずっと抱きしめ続けていた訳である。



だって、アデルの腕がしっかりと僕の背中に回されてるんだもの。


ぎゅうぎゅうに抱きついていて、離れないんだもの。



そう、仕方ないんだ。

僕にやましい心はない。


ない筈、なんだけど。



「ええと、アデル? そろそろ離れようか」



そろそろ限界。


そろそろヤバい。いろいろと。



あんまり近くでいろいろと可愛い事をされてしまうと、僕も一応男だからね。


アデルに不埒な事をしようなんて微塵も思ってないとしても、そう、断じて思っていないとしても、健康な青少年である僕の体が勝手に反応してしまう訳で。



「・・・もう少しだけ、このままじゃ駄目かしら?」



おずおずと上目遣いでそう尋ねられてしまって。




あああああ。



頑張れ。耐えろ、僕の理性。


いや、無理。

無理なものは無理。




僕は、ぎぎぎぎ、と音が聞こえてくるかの様なぎこちない動きで、アデラインの肩に手を置き、そっと体を離した。




「これ以上はダメ。ほら、部屋に入って?」



それだけ言って、にっこりと笑った。



しょんぼりと部屋に戻るアデラインを見送りながら、僕は自分の自制心を褒め称えた。



僕は息を一つ吐く。



正直、メダルをもらってもいいレベルで頑張ったと思う。



ああ、それにしてもキツかった。



本当にもう。


あんまり可愛いこと言っちゃダメだよ、アデライン。


僕だって男なんだからね。



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