嫌いではなく、怖いのだ
夕食を軽めに取った後、僕たちはサロンに移動した。
お茶を用意してもらい、扉を少し開けて使用人たちには退出してもらう。
なるべくアデラインがリラックス出来る様にとそう思って、茶葉に選んだのは、サシャがノッガー家専用に時別にブレンドしてくれたオリジナルのハーブティで。
カップから立ち上るマイルドな花の香りが、音がしそうなほどに張り詰めた空気を和らげてくれた。
「・・・本当は、僕の口から言うべき事じゃないと思ってる。聞くとしたら、義父上ご自身が話すべきだと。でも、あの通りだからね」
僕はつい、城での義父とのやり取りを思い出して苦笑する。
「最後にもう一度だけ確認させて。アデライン、本当に義父上のお気持ちを知りたいと、そう思ってる?」
「・・・セス」
「どうせあと一年でほとんど縁が切れる関係になる。義父上は、僕たちの結婚を機に領地に引っ込み、そこから出ないつもりでいるからね。正直、義父上の自分勝手な行動にこれ以上アデラインを振り回してほしくないと、僕は思ってる」
だから中途半端に正直に話した義父に怒りのパンチをお見舞いしたんだけどね。
心の中でそう呟いた僕は、そっと右拳を撫でた。
「それでも知りたいと言うのなら、僕が聞いてきた限りの事で良ければ話すよ。でも、忘れないでね? 僕はアデラインに、過去よりも僕との未来を見つめてほしい」
アデラインが僅かに眼を瞠る。
「聞きたいなら正直に話すよ。でも、いつだって僕が側にいることを忘れないで」
「・・・ありがとう、セス」
アデラインは少しの間、黙って考えて。
それから再び口を開いてこう言った。
「何もかもじゃなくてもいいわ。セスの判断で伏せる話があっても構わない。出来る範囲で・・・教えて?」
「・・・分かった」
僕はまず一口、香りの良いお茶に口をつけた。
今日聞いた話を頭の中で整理する。
どこまでをどの様に話したらいいのかなんて、僕にだって分からないけど。
「・・・アデライン」
カップをソーサーに戻し、顔を上げた。
「まず、この事だけは覚えていてほしい。義父上は・・・君のお父さまは、決して君を嫌っている訳ではない。ただ、やり方を間違えたんだと思う」
「・・・え?」
僕の言葉にアデラインの目が揺れる。
「嫌っていないってそんな、どうして。だってはっきり言われたのよ。わたくしの姿を視界に入れるのも耐えられないって」
「それはある意味で本当なんだ。だけど視界に入れたくないのは嫌いだからじゃない。君の存在を消したくないから、それだけだったんだ」
アデラインは意味が分からないと頭を振った。
「今日、話を聞いてつくづく思ったよ・・・義父上は、本当に不器用な方だ。悪手ばかりを選び続けた。自分の中にある君への愛情を、君を避ける事で守ろうとしてたなんて」
「守る・・・?」
本当に愚かだ。
守ろうとして、結局は傷つけて。
「セス、どういうこと・・・? 意味が分からないわ・・・」
「アデライン、義父上はね」
ああ、上手く言えるだろうか。
結局、アデラインは傷ついてしまうだろうか。
「義父上はアーリンさまが亡くなられた事を、心の奥底では、今も認める事が出来ていないんだ。恐らくは亡くなられたその日からずっと、無意識に」
「え?」
「認める事が出来なくて、何かの間違いだと思いたくて、現実から逃げてしまった」
僕はアデラインを見つめた。
「義父上は君を嫌ってはいない。ただ・・・怖かったんだよ」
「こわ、い・・・?」
予想外の言葉だったのか、アデラインが呆然と呟いた。
「ああ」
僕はアデラインの肩に手を置いた。
「時間を置いても、妻は死んだと自分に言い聞かせても、状況は何も変わらなかったことが」
僕は一旦、言葉を切り、息を吸った。
「アデラインという愛する娘の存在が、自分の中で消えてしまうことが」
「・・・セス」
「君まで失いたくなかったんだって、そう仰っていた」
だけど結局、君はこんなに傷ついてしまったね。
本当。
義父上、貴方は不器用すぎだ。
アデラインは困惑したように首を横に振った。
「セス、ごめんなさい。わたくし、よく話が分からないわ。怖いってなに? わたくしが消えるって何のことなの?」
「・・・そうか。そうだよね、ごめん。上手く説明が出来なくて」
やっぱり全部話さないと駄目なのかな。
力足らずを痛感して唇を噛む。
その時、サロンの扉をノックする音が響いた。
「失礼します」
ショーンが扉の向こうから現れた。
「お話中に申し訳ありません。先ほど旦那さまから連絡がありまして」
義父上から?
怪訝な表情を浮かべた僕たちに、ショーンは意外な内容の言伝を口にした。
「旦那さまは今夜はこちらに戻られると。お二人に話があるそうです」
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