城に突撃
三十六計逃げるに如かず。
義父上。
貴方はこの言葉の意味を履き違えてはいませんかね?
逃げたもん勝ちって事じゃないんですよ?
あれは戦略的撤退を指すものであって・・・云々。
僕はこめかみをヒクつかせながら、心の中でぶつくさと文句を言っていた。
義父の逃げ足が早すぎるのだ。
もちろん、王城の執務室に行けば捕まえられる。
だけど、僕の目的は会うことじゃない、話し合うことだ。
必然、会っても「忙しい」と突っぱねられれば機会を改めるしかない。
そもそも執務時間に義息子と家庭内事情での話し合いなど公私混同と怒られても仕方ない話だ。
だから、僕が会いたがっていると知ってもらうこと、そして僕からの突撃を覚悟してもらうこと、最終的に僕と話し合う時間を取ってもらうこと、そのために王城にまで行ったんだけど。
執務時間が終わっても、城に用意された義父用の部屋に戻って来ないってどういうこと?
どれだけ諦めが悪いんだよ。
僕は無人の部屋の前で呻くしかなかった。
当然ながら、僕のための部屋などある訳もない。
日が沈んだのに城内をうろちょろしている僕は、誰がどう見ても不審者だ。
護衛に怪しまれる前にひとまず撤退。
こうして一日目は不発に終わった。
だけどね。
僕を甘く見てもらっては困る。
こんなこともあろうかと、エウセビアには三日ほど時間を取ってくれるようお願いしてあるんだ。
そういう訳で今日も行きます。二日目です。
どれだけ嫌な顔をされようとも、執務中の義父にプレッシャーをかけに行く。
一日中城にいるから、時間が空いたら知らせてほしいとお願いして退出。
どうせ呼ばれることもないだろうと思いつつ、それでも待機して。
天気が良かったから、中庭辺りを歩いていたんだ。
ここは一般にも開放されていて、誰でも楽しめるスペースだからね。
そしたら。
「あら? 貴方・・・」
驚いたような声がして振り向いた。
「どうしてここに?」
そう聞かれて、それはこっちの台詞と一瞬、思って。
いやいや、王城の主はこちらの一族だよなと思い返した。
そう。回廊で後ろに侍女二人を従えて立っていたのは。
「キャスティン王太子妃殿下・・・」
先の夜会で僕とアデラインに声をかけてくれた王太子妃殿下その人だった。
「・・・」
「さあ、遠慮せずにどうぞ」
「は、はい・・・」
僕は緊張を押し隠してティーカップへと手を伸ばした。
今いるのは、誰もが出入り出来る中庭ではなくて、王族と一部の者たちだけが立ち入りを許される特別区画。
はて、どうして僕はそんなところで今、妃殿下とお二人のお子さまと一緒にお茶を飲んでいるのだろう。
目まぐるしい展開に、文字通り目が回りそうだ。
「レクシオが来れなくて残念だったわ。ちょうど先ほど勉強の時間になってしまったの」
「はは・・・それは残念です・・・」
嘘です、お子さま二人でもういっぱいいっぱいです。
これで第一王子までいらしたら緊張しすぎて死にます。
「セス~」
「せす~」
「はい、なんでしょう」
「こら、あなたたち、あまりセシリアンさまを困らせてはいけませんよ」
救いは、第二王子と第一王女がまだ幼くていらっしゃることかな。
小さい子どもの扱いは生家にアリシエがいて慣れていたからね。
お二人に可愛らしく懐かれて、ちょっとホッとしたところで、キャスティン妃殿下が直球をぶち込んできた。
「それで、今日はどうして王城に?」
「・・・っ!」
危うくお茶にむせそうになりました。
もちろん堪えたけど。
「え、ええと、義父に話がありまして・・・?」
「あら、家に帰ってからでは駄目なの?」
「・・・もう十日近く帰って来ないものですから・・・」
「・・・」
僕の反応で何かを察したのだろう。
キャスティン妃殿下の眼がすうっと細められた。
「何か事情がありそうね・・・? もう一人のお嬢さんが一緒じゃないところを見ると、貴方個人のプライベートな問題、それともお嬢さん絡みの何かかしら・・・?」
「・・・」
義父上。
昨日のうちに大人しく僕に説教されていれば、話は簡単だったかもしれませんよ。
「良かったら相談にのりますわよ、セシリアンさま」
扇をぱたりと閉じ、妃殿下はにっこりと笑った。
・・・もしかして、もしかすると、僕の突撃くらいじゃ済まないかもしれない。
でも、これは往生際の悪い義父のせいでもあると思う。いや、絶対に義父のせいだ。
・・・うん、僕は悪くない。
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