それは夢のせい



アデラインは夢を見た。



それは懐かしい、だけど少し寂しい夢。



もう二度と戻らない、温かさと優しさに包まれた家族の夢。



父が私の頭を撫でる。

母が微笑む。

私は、二人に囲まれてニコニコと上機嫌だ。



ああ、この風景は覚えてる。


まだ母が病にかかる前、元気だった頃に家族三人でピクニックに行ったときのものだ。



馬車で半刻くらい揺られて到着した場所は、ひらけた花畑とその向こうにある大きな湖。


一本だけ大きな木があって、その木陰に従者がシートを敷いてくれたっけ。



侍女が用意してくれたお茶とお菓子。


私はまだ小さかったから、お茶ではなくてミルクだったけど。



花を摘んだり、湖の周りをぐるりと散歩したり。



確かあの時、お父さまは私に肩車をしてくれた。



これは夢、よね。


今はもう、決して叶うことはない。



お母さまはお亡くなりになって。


そしてお父さまは私を遠ざけた。



ああ。

あの時の湖の水は、透き通っていてとても綺麗だった。




「・・・っ」



眠りながら泣いていたのだろうか。


気がつけば頬が濡れていた。



室内は真っ暗だ。


夜明けもまだ先みたい、だけど。



「なんだか目が冴えてしまったわ」



指でそっと頬の涙の跡を拭う。



幸せだった頃の記憶。


懐かしくて、愛おしくて、大切な思い出なのに。



同時に胸を抉られるような寂しさを覚える。


だから、私は母の肖像画を見るのが苦手だ。

家族三人で描かれてるものも。



過去の思い出を懐かしんで、今が辛いと思いたくない。


もう二度と、そんな事を思いたくないから。



「だって・・・セスが私を見つけてくれたもの」



暗闇の中、ぽつりとそんな言葉が溢れる。



あんな夢を見たせいだろうか。

セスの存在を思い出したからだろうか。


それとも、王太子殿下のお話を伺ったから?



ベッドサイドの明かりを点けて時間を確認する。



まだ一時を少し回ったところで、思った以上に時間が経っていなかったことを知る。



「水を飲んでこようかしら」


部屋を出て、厨房へと向かった、その時。


ふと、廊下の先の父の部屋に目が行った。



扉の隙間から灯りが漏れている。



「・・・」



どうしてなのかは分からない。


あの夢が、幸せだった頃の家族の夢が、私を動かしたのかもしれないけれど。



父が変わってしまった理由を知りたくて。


知らないといけないと、そう思って。



私は父の部屋の扉を叩いた。

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