努力しないと



一生分の幸せをもらってしまったかもしれない。



僕は、少しかさついた自分の唇をそっと指で撫でた。



僕のと全然違う。

アデラインの唇はふっくらしていて、しっとりと柔らかくて。



蕩けた表情が可愛かった・・・



「・・・セシリアンさま? 聞いてらっしゃいますか?」



ショーンの声で、ハッと我にかえる。



「ああ、ごめん。どちらかを選ぶんだったね。ええと・・・」



これでもう五度目だ。



声を荒げずにいてくれるショーンの忍耐力に感謝しないと。



午前中の勉強では、先生から山ほど注意されたもんな。



今月末に王家主催の夜会を控え、僕たちはその準備中だ。



見せられたデザインは二つ。


最終的にどちらを選ぶかで今、迷っている訳だ。



僕は正直、自分の服のデザインとかはどうでも良いタイプだ。



前にアデルに普段着の買い物に付き合ってもらったけど、あの時も似たような服を着まわしてばかりだと皆に言われたっけ。



アデルのドレスには興味があるよ。


主にどんな色を使うかってところだけど。



やっぱり、どこかに僕の色を入れてもらいたいからね。


僕の服への注文は、そんなアデラインのドレスのデザインと相性が良ければいいってくらいかな。



あと、アデラインのためにアクセサリーを選ぶのも好きなんだよね。



まあ、これもやっぱり、僕の色をさりげなく取り入れたものをお薦めしたいという、そんな僕の独占欲からくるものなんだけど。



ノックの音がして、返事をすると扉の向こうからアデラインが顔を出した。



うわ、可愛い。


今度の夜会用のドレスを着てる。



「あの・・・セスに見てもらいたくて・・・どうかしら?」


「とても良く似合ってるよ。ものすごく綺麗だ。きっと夜会では、アデルの隣にいる僕が羨ましいって、他の令息たちに睨まれるんじゃないかな」



・・・あ、なんか誰かを思い出したぞ。



かつての恋敵に鬼のように睨みつけられたことを思い出し、くすりと笑う。



アデラインは、その笑みを揶揄いと取ったのだろう。



わたくしだって、と少しムキになった。



「セスはご令嬢方からとても人気なのよ? わたくし、よく他のご令嬢方に扇の向こうから睨まれてるのですからね?」


「そっか。じゃあ次の夜会ではお互い苦労することになるね」


「・・・そうよ」



少し拗ねた口ぶりが、とても愛らしい。



「きっとそうなるわ。だって、その、セスの夜会服姿って、いつもすごく素敵だもの・・・今着てるのもよく似合ってるし」


「・・・ありがとう。アデルに言われると嬉しいな」



ほんわりとした雰囲気に、少しばかり照れたりして。



そんな空気を変えようと思ったのか、アデラインが違う話題を口にした。



「夜会では、またエウセビアさまたちにお会い出来るわね。楽しみだわ」


「そうだね。きっと今回はアンドレたちの婚約の噂で持ちきりになるよ」



高位貴族で、婚約者がいない好条件の相手として、結構いろんな貴族から狙われてただろうしね。



「夜会ではうるさく騒ぐ令嬢令息もいるだろうけど、まあ多分あの二人なら大丈夫だろうね」



僕の言葉に、アデラインが確信を持って頷いた。



「そうね、何か言われたとしても、きっとエウセビアさまが何とかしてくださるでしょうから」


「・・・なるほど」



・・・そこはアンドレじゃないんだ。



無意識下でアデラインにポンコツ認定されているアンドレを心の中で憐れみながら、それでも否定はできないのが現状で。



常に斜め上な対応のアンドレは、見ていて面白いけど。


そんなアンドレを愛でながら冷静かつ的確なツッコミをするエウセビアは確かに凄いと思うけど。



・・・うん、やっぱりね。



僕も言えた義理じゃないけどさ。


男性陣はもう少しレベルを上げる努力をしないとマズいかもな。


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