幼い頃の約束



「アンドレに姉君が? 申し訳ない、知りませんでした」


「知らなくて当然です。もうとっくに亡くなっていますから・・・流行り病だったそうです。生まれつき身体が弱かったらしくて」



・・・流行り病。



「それって・・・」


「ええ。ノッガー侯爵夫人が罹ったのと同じ病いです・・・エステラの場合、流行り初めでまだ何も情報がなかったために診断が遅れ、何の病気か分かった頃にはもう・・・」


「そう、ですか。それは本当に・・・残念です」



思わぬところでアデラインの母の死の原因となった病いの話題になり、意識が別の方向に逸れかけた時、ジョルジオが意外な言葉を口にした。



「私が引き取られた理由には、この事も関係がありましてね」


「・・・え?」


「私は戸籍上は庶子ではありますが、父の不義の子という訳ではないのです・・・私を身籠った当時、父と母は婚約していましたから」


「・・・はい?」


「政界の争いに巻き込まれて爵位を奪われましたが、当時、母の家は伯爵位だったそうですよ」


「・・・」



なにこれ。


重くない?



「それでも父は、母が平民になった後も結婚しようとしたらしいのですが、流石に公爵家の嫁に平民はまずいと祖父母からの反対があったそうです・・・爵位を失った家と関わりを持つ危険も避けたかったでしょうし」


「・・・貴族社会は政略がものを言いますから、その様な判断をする人もいるかもしれませんね」


「その通りです。母もそう思ったからこそ、父の結婚の申し出を断り、私がお腹にいることも隠しました」



そうか。


この人は、自分の生まれに誇りを持ってるんだ。



「母は家族とも離れて私と二人で暮らし始めました。元貴族だった彼らに母を助ける生活の余裕などありませんからね・・・ああ、ですが」



僕の表情から何かを察したのだろう。


苦笑しながら、こう付け加えた。



「母と二人の生活は、楽しかったですよ? 母は明るい人でしたし、生活は貧しくとも優しく愛情をもって私を育ててくれましたしね。それに時折り、どこかから援助があった様でした」


「・・・」


「新しく父の婚約者となった女性は母とも親しかった友人だそうで、母のその後を案じてくれてました。父は妻となったその方を慮り、最初は母の話題を避けていたらしいですが、逆にその事を怒られたそうです」


「はい?」


「堂々としていろ、それから自分を信用しろ、でしたかね。前の婚約者を気遣う気持ちを隠すと却って自分に誤解されるぞ、浮気者と罵られたいのか、と」


「それは・・・まあ何とも剛気なお方で・・・」


「ふふ、そうですよね。如何にもアンドレの母親らしいでしょう?」



まるで自分の母親の様に誇らしげに話すジョルジオを見て、アンドレが彼を信頼する気持ちが分かった。



「そんな人たちだから・・・引き取ってくれたんです」


「・・・え?」


「流行り病で家族を亡くす悲しみを父も義母も知っていたから。だから、ひとり残された私を迎えるために、すぐに遣いを寄越してくれたんです」


「・・・」



ひとり、残された。



それは、つまり。



「アンドレはまだ3歳で、急に姉がいなくなった理由もよく分からずに寂しがって泣くこともあったそうですが・・・その後暫くして、突然に義兄だといってやって来た私を不思議がるでもなく、すぐに受け入れてくれたんですよ・・・その頃は、むしろ母を亡くした私の方が泣いてばかりでした」


「・・・」


「アンドレは泣く私の背中をぺたぺた叩いて、こんな事を言いました。『ぼく、ここにいるよ。ひとりじゃないよ』って」



その時のことを思い出したのか、ジョルジオの目は少し潤んでいた。



「泣いてばかりで心配かけてたみたいでね。エステラが亡くなって半年も経ってなかったから、あの子も寂しかったでしょうに」


「そう、ですか」


「しかもね、その後、こんな事を聞いてきたんですよ。『あととりってしってる?』って」



そう言いながら、ふっと笑った。



「知ってるよ、家を継ぐ人の事だよって答えたら、アンドレは『ぼくは、あととりなんだって』って答えました。何だかとても得意そうに」



よく意味も分からずに、威張って言ったんだろうな。



3歳のアンドレが偉そうに胸を張る様子を思い浮かべ、僕もジョルジオも同じように緩んだ顔になった。



「そしたら、『あととりは、ずっとおうちにいなきゃならないの。でもね、ひとりでいえにいるのはつまらないの』って、困ったように言うんです。それで、『じょるは、ぼくのそばにいてくれる?』って頼まれて、いいよって約束しちゃったんですよ」


「へえ・・・そんな事が」


「だから、でしょうかね。なんかアンドレを後継にしなくてはってやたらムキになってしまって・・・」



・・・アンドレを後継者にすることに拘ってたのは、そういう約束があったからだったんだ。



「でも、アンドレの幸せが一番です。エウセビア嬢は素敵な令嬢で、アンドレと性格も合うでしょう。あの子が婿に入りたいと言うのなら、これ以上反対するのは、ちょっと違うかなって、そう思いまして」



『初心に帰った』と言ってたのは、このことだったんだな。



「それに、あのアンドレですからね。思いつめて決闘騒ぎにでもなったら、それこそ取り返しがつきません」



心配そうに首を左右に振るジョルジオを見て、僕はちょっと吹き出しかけた。



おお、意外とあのワード、役に立つんだなって。


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