義兄、来訪
「この度は義弟がご迷惑をおかけしまして」
ジョルジオは、エントランスで僕たちと対面するなり、そう言って深々と頭を下げた、
アンドレの言う通り。
もの凄く真面目そうだ。
しかし、ここで正直に「ええ本当に」と答える訳にはいかない。
だから、僕はにこやかにこう返した。
「迷惑などとんでもありません。友人が泊まりがけで遊びに来てくれたのです。大歓迎でしたとも」
「そうですよ、義兄上。私とセスはし、親友なのです。こうして泊まりで交友を楽しむほどの大親友なのですから」
お前が言うか。
と、心の中で舌打ちしたのは置いといて、今はとにかくアンドレの味方をせねば。
「・・・ええ、その通りです。とても楽しい時間を過ごしていましたよ。ねえ、アデル。そうだったよね?」
「ええ。セスはとても楽しそうでしたわ。こちらこそお礼を申し上げなくてはいけません」
「うむ、礼などは別に・・・」
「アンドレ」
ジョルジオは困った顔で、でも目元はとても優しく、アンドレを嗜めるような声を出した。
なるほど、仲が良いというのも本当らしい。
「それではジョルジオ令息。こちらへ」
ショーンがサロンへと皆を誘導し、茶器と菓子が用意されたテーブルへと案内した。
まずは義兄弟水入らずで話し合ってみる、との事で、僕たちはここで一旦、退出する。
恐らくジョルジオはアンドレ語を解せるだろうから、あとはアンドレの熱意と誠意が通じるかどうかだ。
なんか優しそうだし、きっと大丈夫だよね。
頑張れ、アンドレ。
そう思ってサロンを後にした。なのに。
それからわずか30分後だ。
ジョルジオが、動揺した様子でサロンから飛び出して来たという報告がショーンから入ったのは。
「ジョルジオ令息・・・?」
連絡を受けてエントランスに現れた僕を見て、ジョルジオがほっと息を吐くのが分かった。
「ノッガー令息。申し訳ない、アンドレはまだ帰らないと言うのです」
「いえ、そのことは別に・・・」
むしろ後継の話はどうなったんだ。
一緒に帰らないということは、決裂したということか。
「・・・エウセビア嬢と気が合うのは知ってしましたが、お互いに立場を分かっていると思っていました。まさか急に結婚すると言い出すなんて・・・」
やっぱりか。
まあ、初めての話し合いだったしね。仕方ないと言えば仕方ないのかも、だけど。
「ノッガー令息は、幼い頃に婚約者が決まり、ここに来られたとか。アンドレにももっと早くから婚約者を見つけておくべきだったのかもしれません。父が・・・デュフレス公爵が、なるべくアンドレの意に沿う相手を、と常々言っていたものですから、当人が誰かを見初めるまで待っていたのですが」
「・・・エウセビア嬢も素敵なご令嬢ですよ?」
「ええ、それは勿論、承知しています。彼女は賢いし、気心も知れているし、アンドレとの相性もいい。家格も釣り合う理想的な相手ではあるのです。ただ・・・ランドル侯爵家の後継者であるという一点を除くならばの話ですが」
「アンドレは何と?」
エウセビアを認めていない訳ではないようだ。
アンドレはどのように話を持っていったのだろうか。
「・・・自分はエウセビア嬢が好きだ。彼女以外の女性を妻とするつもりはない。公爵家は義兄が継げばいい。自分は婿に入るから・・・と」
「そうですか」
まあ、取りあえず言いたいことは言ったという感じかな。
だけど、それだけにしてはジョルジオの様子が変だけど。
「・・・もし彼女が他の誰かと結婚することになれば、自分はその男に決闘を申し込む、と」
「・・・」
「決闘だなんて。まさかそこまで思いつめているとは」
またそのワードかよ。
いくらエウセビアにウケたからって、そんな物騒な言葉を喜んで使ってるんじゃない。
真面目なジョルジオがもの凄く悩んじゃってるじゃないか。
「・・・大丈夫ですよ、ジョルジオ令息。そうは言っても、まさか本気で決闘を申し込むようなことは・・・」
「あると思います。なにせアンドレですから」
「・・・デスヨネ・・・」
否定できないのがツラいところ。
思わず、あはは、と乾いた笑いが出てしまったけど。
ジョルジオにとっては笑い事ではないらしく、少し涙目になっている。
義弟のために泣くとか。
いや、どうしよう。
この人、もの凄くいい人じゃないか。
ジョルジオの人の好さにちょっと感動を覚えつつ、同時にこの人の肩を持てない後ろめたさを感じた。
そして、直球しかぶつけられないあの男に、文句を言いたい気分になっていた。
まったく。
アンドレのお馬鹿め、もっと上手く説得しなきゃ駄目だろ。
何事にも言い方というものがあるだろうが。
こんな感じで、心の中で毒づいたりなんかしてさ。
まあ、己の不甲斐なさは、当人が一番良く分かってるんだろうけどね。
今もこっそり柱の陰から義兄の様子を伺っているこの騒ぎの張本人に、僕はそっと視線を送った。
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