先ぶれ



まあ、いつかは来ると思ってたけど。



訪問の日時を告げる先ぶれの使者が帰る姿をエントランスで見送りながら、「でも結構、時間を置いてくれたな」なんて呑気に考えた。



でも、いくら何とかしたいと思っていても、呑気に考えるのがこの場合は妥当だ。


だって、僕たちは当事者でも何でもないんだもの。



「・・・聞いてたんだろ? 一週間後だってさ、お前の義兄さんが話をしに来るの」



独り言のように、そう呟いた。


それは勿論、ドアの陰に隠れていた愉快な友人に聞かせるためだ。



「・・・」


「どうするの?」


「・・・」


「まさか会わないなんて言わないよね?」


「いや、その」


「絶対に勝つんだろ? 初めての喧嘩だって、張り切ってたもんね。だったら逃げる訳なんてサラサラないよね?」


「・・・うむ。それは・・・勿論だ。だが」



ドアの陰から出てきたアンドレは、何かを思案するかの様に頭に手をやった。


僕は先を促すように首を軽く傾げ、ただ待った。



アンドレは暫しの逡巡の後、ようやく口を開いた。



「・・・義兄と話す前に、エウセビア嬢と話がしたい」


「それはなんで?」


「聞きたいのだ・・・もし、今、私が恋人の役を降りたら彼女は困るのだろうか、と」



僕は僅かに眉を顰めた。



「・・・アンドレ」


「困ると言って欲しい」



アンドレは、僕の言葉を遮るように言葉を継いだ。



「今はまだ私の協力が必要だと、私がいなくては困ると、そう言って欲しい」


「・・・なるほど」



今は・・・ね。



「アンドレはどうしたいのさ?」



その言葉に、アンドレは弾かれた様に顔を上げた。



「エウセビア嬢の考えを聞くのは大事だよ? でも、アンドレ。お前はどうしたいんだ」


「どうしたい・・・?」


「全部エウセビア嬢に判断を任せるつもり? 続けて欲しいと言われたら続けて、止めてもいいと言われたら止める、そういう感じ?」


「いや、私は」



一旦、言葉が途切れて、そして。



「私としては・・・続けたい、今は、まだ」



・・・少し前進ってとこかな。



僕は、目の前で項垂れるアンドレを見つめながらそう思って。



ちょっとだけホッとした。



「・・・なら、エウセビア嬢とも連絡を取らなくちゃね。アンドレでも僕でもまずいから、アデラインに頼もうか」



明らかに安堵した様子のアンドレを横目に見ながら、ショーンと話をしているアデルへと注意を向けた。



使者から伝えられた訪問予定について話していたのだろう、アデルも視線に気づいてこちらを向いた。



頷いたから、話が終わり次第こっちに来てくれるだろう。



もう一度、アンドレの方へと顔を向ける。



「直接ここにエウセビア嬢を呼ぶのはまずいかもしれない。デュフレス公爵たちの耳にも入るだろうからね」


「むう・・・」


「どこか別の場所で会って話すのが一番なんだけど・・・」



そう言いかけてすぐに、僕の頭の中には兄たちの顔が浮かんで、でもすぐにそれを打ち消した。



いつだって僕の味方でいてくれる、優しくも頼もしい人たちだけど、他所の高位貴族のお家騒動に巻き込む訳にはいかない。



僕たちはアンドレが駆け込んで来たという体裁を取っているから、どちらかと言えば迷惑を被っているという立ち位置でいられるけど。



場所を提供してもらうとなれば、下手をするとあちらからは敵認定だ。



となると・・・。



そこに、元気なイノシシ娘の顔が浮かぶ。



どこぞの商会で待ち合わせ、とか。


うん、カモフラージュにも丁度いい。




ビジネスが絡んだ話だと、サシャは何故か立ち回りが上手くなるもんね。



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