君は薔薇、君は百合
なんとか立ち直ったアンドレは、平静を装ってスタスタと先を歩いて行く。
その後ろを、僕とアデラインとエウセビアが少し離れてついて行った。
デートスポットに選んだ植物園には温室もあって、季節ごとにエリアを分けていて、四季折々の様々な花を楽しめるようになっている。
中でも目玉なのがバラ園や百合園、それからポピーやダリアなどの美しい花をテーマにしたエリアだ。
僕たちはまずバラ園に入った。
薔薇の華やかな香りが室内に溢れ、まるで酔ったような心地になる。
やはりと言おうか、アンドレと僕は、花にはそれなりの興味しかなかったのだが、そんな僕たちでも十分に見応えがある光景だった。
まして女性陣には魅力的だったのだろう。
エウセビアもアデラインも、二人で腕を組んで楽しそうに咲き誇る薔薇を眺めている。
美しい薔薇の花に囲まれる美しい令嬢たちの姿、うん、まさに眼福。
そのときだ。
エウセビアを見ていたアンドレが、ぽつりとこんな事を言ったのだ。
「エウセビア嬢には薔薇が似合うな」
けっこうな口説き文句、と普通ならば思うけれど。
エウセビアに言った訳でもないし、何よりそれを言った本人がアンドレだから、これは単に、ふと溢れ落ちた本心なのだろう。
そのときエウセビアが見ていたのは、真っ白の薔薇だった。
これは、ちょっと意外だったんだ。
しっかり者で、世話焼きで、親切で、頼りがいがある姉御肌の印象である彼女とは、少しイメージが違うような気がしたから。
もし、僕が彼女を連想するとしたら、きっとそれは真っ赤な大輪の薔薇。
強くて華やかな彼女にピッタリだと思う。
でも、それは僕の印象に過ぎなくて、アンドレからするとエウセビアは白い薔薇なのだろう。
気高くて、美しい、清らかな白い薔薇。
アンドレにとって、エウセビアとはそういう人なのだ。
聞けば、エウセビアとアンドレは親同士が仲が良くて、小さい頃から交流があったという。
そんなアンドレが幼馴染を見つめる瞳は、随分と優しげなものだった。
薔薇を愛でるエウセビアの視線よりも、もっと、ずっと、そう、百倍、いや千倍くらい優しかった。
・・・そんな顔も出来るんだな、お前は。
何とも穏やかなアンドレの眼差しに、僕はついそんなことを思ったりした。
それから僕たちは、隣にある百合園に向かう。
大小さまざまの美しい百合ばかりが咲き誇る様は、まさしく壮観で。
気高さを感じる大きめの百合も綺麗だけど、僕の視線を捉えたのは小さな可愛らしい百合の花。
まるで小さな鈴が、くっついているみたいですごく可愛らしい。
高貴さと同時に清楚さもあるその花が、まるでアデラインみたいだと、そう思って。
思わず頬が緩む。
今度、花束にしてプレゼントしようかな。
そんなことを考えながら見つめていたら。
「そんな顔も出来るんだな、お前は」
そう言われて。
振りかえれば、アンドレがニヤつきながらこっちを見ていた。
何が言いたいのかは一目瞭然だ。
恥ずかしいな、そんなに好きって気持ちが顔に出てたのかな。
そう思って、そこでふと気づいた。
・・・あれ? でも。
なんか同じことを僕もさっき思ったような・・・。
・・・あれ?
「ねえ、アンドレ」
「なんだ?」
改めて向けた視線の先には、いつものちょっと斜に構えたアンドレがいる。
「・・・後でさ、花束か何か買わない?」
「花束?」
「うん。僕はアデラインに。お前はエウセビア嬢にさ。二人ともここの花が気に入ったみたいだから」
「それなら、植物園の出入り口にギフトショップがあったぞ。花束も買えるが、ここの植物を使って作った製品も置いているらしい」
「へえ、いいね。寄ってみたいな」
じゃあ後で、と言ったアンドレに、僕は笑って頷いた。
きっとまだアンドレは気づいていない。
エウセビアの本心だって、どうなのかは分からない。
そもそも、今はフリをしているだけの、いつか実を結ぶのかさえ分からない関係だ。
二人の立場もそれを許さないだろう。
だけど、でも。
それでも、僕は。
出来ることなら、二人が幸せになってくれるといいな、と。
そう思うんだ。
たとえそれが、どんな形であっても。
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