いったい何の話
「セシリアンさまっ、どうか私と踊ってください!」
「・・・」
会場内の注目が僕たちに集まる。
隣にいたアデラインの身体が僅かに揺れた。
もの凄い直球を投げてくる子だな。
誰なのかって予想は何となくつくけれど、こちらから名前を当てたくはない。
「セシリアンさま?」
首を傾げ、頬を赤らめつつ僕からの返事を待つ少女は、先ほど僕が『恐らく彼女がそうだろう』と目星をつけたピンク色のドレスを着た子だ。
皆が僕の反応を伺っている。
あの噂は本当なのかどうかって。
そりゃそうだよね。
随分と面白おかしく広まったみたいだもの。
それにしても、自己紹介もしてないのに名前呼びか。
まあ、あまりよく分かってないのも仕方ないのかな? 去年までは貴族じゃなかったんだものね・・・な~んて思ってもらえると思ったら大間違いだよ。
こうして貴族令嬢の一人としてパーティに参加する以上、最低限のマナーは身に付けておくべきなんだから。
「あの・・・セシリアンさま?」
こてりと首を傾げ、僕が手を差し出すのを待っている少女に向かって、僕は社交用の笑みを貼り付ける。
「・・・失礼ですが、どなたでしょうか?」
周囲でハッと息を呑む音が聞こえる。
不思議でしょ?
なんだっけ? 確か、この子と僕は、幼い時から恋心を密かに温め合っていたんだっけ。
目の前の彼女は心からそう信じ込んでいるのか、僕の言葉に不思議そうに目を瞬かせた。
いや、そんなに意外な反応でもないだろ。
もう10年以上会ってない上に、もともとが大した知り合いでもないのに。
「私はサシャ・ヤンセンです。セシリアンさま。ほら、小さい頃によく一緒に遊んだサシャです」
あら、ずっと愛を育んできたのではないのと呟く声がどこかで聞こえた。
うん、そこに気がついてもらえると僕も嬉しいよ。
サシャはそんな呟きも耳に入らないらしく、期待のこもった目で僕を見上げている。
ほら、私ですよ、早く手を取ってくださいって感じかな。
だけど、ごめんね。
僕が取りたい手は君のじゃない。
「・・・存じ上げませんね」
「え?」
「僕にはそのような名前の知人はおりません」
「・・・え?」
「それに」
僕は隣にいたアデラインの腰に手を回し、ぐっと引き寄せる。
アデラインが驚いて目を瞠る。
それは目の前の令嬢も、会場にいる皆も同じだ。
さあ皆さん、よく聞いてね。
「今日は、婚約者とだけ踊りたい気分なんですよ。僕たち二人を祝うせっかくのパーティですしね」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
会場が静まり返る。
うん。ちゃんと皆、聞いてくれたみたいだね。よかった。
「・・・セ、セス」
「うん?」
名前を呼ばれてすぐ隣のアデラインを見下ろせば、赤くなって目を泳がせている。
ああ、こんな時だけど癒されるなぁ。
「なあに? アデライン。もしかして、君は僕以外の人と踊りたかったりする?」
当たり前だろ、踊るつもりだったのにと小さく呟く声がする。
見なくても分かるぞ、アンドレだな。
相変わらず空気が読めない奴だ。
ほら、エウセビア嬢につつかれてるじゃないか。
「・・・えと、他の方と踊りたいなんて、そんなことはない、けど。もちろん・・・貴方と踊りたいわ、セス」
「・・・」
落ち着け、僕。
勘違いするな。
調子に乗るな。
これは好意を表す言葉だけど、愛の告白ではない。
まだ「愛してる」はもらっていない。
6年前よりは、だいぶ前に進んだ。
アデルも僕を大切に思ってくれている。
他の男たちよりは、たぶん絶対に好かれている。
でもまだ、目標には少し足りない。
何の不安もなく、安心して僕に寄りかかれるように。
僕の気持ちが変わるとか、いつか捨てられるとか、邪魔な存在でしかないとか、そんな気持ちが僅かでも浮かぶ事がないように。
君の頭の中を変えたいんだ。
義父が植え付けた不安や恐怖をすべて、綺麗さっぱり取り除きたい。
君の頭の中が、僕でいっぱいになるように。
安心して僕のお嫁さんになれるように。
僕にぴったりと寄り添うアデラインに向かって、優しく微笑みかけてその美しい黒髪に口づける。
周囲から、ほう、という溜息が零れ落ちる。
うん、いい雰囲気。
・・・なのに。
「・・・え、どうしてですか? 昔はあんなに私に優しくしてくれたのに。木から落ちた私を命がけで守ってくれたでしょう?」
「・・・」
そうだよなぁ。
簡単にめげる様な子だったら、そもそも僕との純愛なんて吹聴したりしないよね。
「・・・ヤンセン令嬢。それはいったい何の話でしょうか」
僕はアデラインの腰に回した手に、ぐっと力を込めた。
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