看護の時間
アデラインの熱は2日程で下がった。
でも、念のためと医者に言われ、結局、合わせて4日ほどベッドで過ごす事になったのだが。
結論から言おう。
看護の時間はすごく楽しかった。
「はい、口を開けて」
「あ、あの、自分で出来る、から」
「アデルはまだ安静にしてなくちゃ。ほら、口を開けて? スプーンから落っこちちゃうよ」
特製のほかほかチーズ粥をスプーンで掬い、アデラインの口元に持っていく。
少し躊躇してから、ようやく口を開けるアデライン。
うっすらと開いた唇の隙間に、そっとスプーンを差し入れる。
「んっ・・・」
スプーンを戻す時、唇の端にちょこっと付いたチーズを、慌てて指で押さえて。
その仕草は可愛いけど、色っぽくもあって。
僕は少しだけ胸がドキドキする。
「美味しい?」
「ええ」
もう一度、粥を掬ったスプーンを差し出して。
口を開けているアデラインに食べさせる。
なんか、懐かしいな。この感覚。
「ふふ・・・っ」
「セス?」
「ああ、ごめん。なんか思い出しちゃって」
アデルは不思議そうに首を傾げる。
「思い出す?」
「うん。ほら、シャールを拾った時も、よくこんな風に食べさせてたなぁって。ぱかんって開けた口に、スプーンでさ」
そう言って、僕はもうひと掬いスプーンを差し出す。
「・・・わたくしは雛じゃなくてよ?」
「うん。知ってる。アデルはアデルだけどさ。可愛らしく口を開けてご飯を食べるところは同じだなって」
「・・・」
「ほら、アデライン。あーん」
少しむくれた顔のアデラインに、スプーンを近づける。
「もういいわ。やっぱり自分で食べます」
そう言って、ぷいっと顔を背けられてしまった。
おっと、いけない。
可愛いからって、ついやり過ぎちゃった。
「ごめん。もう変なこと言わないから」
「・・・」
「ね、アデライン。お願い」
しぶしぶといった風に、口を開けるアデラインに、優しくそっと粥を含ませる。
「・・・お父さまにも迷惑をかけてしまったわ。きっと怒ってらっしゃるわね」
「・・・ねえ、アデライン」
言ってもいいかな。
「なあに? セス」
まだ早いかな。
でもこの誤解だけは解いておきたい。
「・・・義父上ね、馬車の中でものすごく心配してたよ。君のお母さまのような事が起きるんじゃないかって」
「え・・・?」
「アデルのお母さまも、最初は熱を出したことが始まりだったって、真っ青になってたんだ」
「・・・お父さまが・・・?」
「うん。僕も驚いたよ」
「そう、なの・・・」
もう一口、粥を飲み込む。
「わたくしを慰めようとしているのではなくて・・・?」
「本当だよ。ろくに休憩しないで凄い勢いで馬車を走らせてたよ。お陰で背中も腰もガチガチなんだから」
そう言って、笑ってみせた。
「まあ。それじゃセスも大変だったわね」
アデラインも柔らかく笑う。
少し嬉しそうかな。
でも。
「・・・それを聞けたのは嬉しいけど、だったらどうしてお顔を見せてはくださらないのかしら」
「・・・」
それはそう思うよね。
でもね、アデライン。
義父は部屋の前までは来てるんだよ。
「アデル・・・」
言うべきか。
いやダメだ。そんな事を言ったら余計に傷つきそうだ。
今度は、それでも会おうとしない理由の方に目が行ってしまう。
「でも・・・嫌われていないというだけでホッとしたわ」
「・・・」
「わたくしを心配して夜駆けで駆けつけて下さったのなら、それだけでも嬉しいことね」
「・・・アデライン」
「それ以上を望んではいけないわ」
アデラインは、どこか遠くに目を遣りながらそう言った。
答えてあげたかった。
そんなことないよ。
きっと大丈夫だよって。
でも、不確かな希望や慰めは何の役にも立たない。
君もそんなものを望んではいないから。
だから僕は、ただ黙ってアデラインの手を握ることしか出来なかった。
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