セスの魔法 その2


「ほう。お前は手品も出来るのか。どれ、ひとつやってみろ」


「・・・あのね。言われてすぐに、ハイそうですかって出来る訳ないでしょ。それこそ魔法じゃないんだから」


「む。それもそうか」



捻くれてるくせに、言うことが純情なんだよな、アンドレは。



まあ、そんなに興味津々なら、今度サプライズでやってあげてもいいけど。



そんな事を思いながら、懐かしい思い出に知らず笑みが浮かんでいた。



本当、あの頃はアデルの笑顔見たさであの手この手で頑張ってたな。



ああ、そういえば。


木登りに失敗してケガして、アデラインに心配かけた事もあったっけ。



きっかけは、そう。



アデルの帽子が風に飛ばされて木の枝に引っかかっちゃって。



とても悲しそうに木の上を見上げてて。


今にも涙がこぼれ落ちそうだった。



木陰で本を読んでた僕は、その様子にどこか新鮮さを覚えていた。


普段あまり感情を見せない子が、珍しく表情に気持ちを表していたから。



男性の使用人を呼びに行こうと立ち上がって、でも何となく他の誰かにやらせたくなくて、僕は一旦屋敷の方に向きかけた足をぴたりと止めた。



枝に引っかかった白い帽子は、これまた白いレースが飾られていて、木の上で所在なさげにゆらゆらと揺れている。



その帽子を、とても大切そうに見上げているのは銀色の瞳。



流石にあの高さは挑戦した事がなかったけれど、でも木登りは苦手ではない。



というより、他の誰かに任せたくなかった。



僕が取ってあげたかった。



ほら、って手渡してあげたくて。


だから、黙って上着を脱いだ。

それから靴と靴下も。



すたすたと木に近づいて行った僕を、アデルはびっくりしたような顔で見つめて。



それまでずっと木の上を見上げていたアデルが、僕の姿を捉えたのが何故か嬉しくて。


視界に入っただけなのに、それが誇らしくて。



僕は胸を張ってこう言った。



「アデライン。ここで待ってて。僕が取ってきてあげるから」



僕の手で、この子を笑顔にしたかったから。










「後で聞いたらさ、亡くなった夫人が子どもの時に使っていた帽子だったんだって。大切そうにしてた理由が分かったよ」


「・・・で、調子に乗って天辺まで登って帽子に手が届いたものの、お前はそこから足を滑らせて落っこちた、と」



呆れたようなアンドレの声。


まあ、その反応が普通だから、僕も笑うしかないけどね。



「落ちたと言っても、地面ではないよ? 少し下がったところの木の枝に、上手いこと引っかかったからね。お陰で命拾いしたよ」



全身すり傷だらけにはなったけどね。


奇跡的に、骨折とか捻挫とかはしなかった。



まあ、でも。

思っていたみたいに格好よくは出来なかったのが残念だったかな。



『はい、これ。君の帽子。もう心配いらないからね』



そう言って手渡したけど。



・・・笑顔が見たくてやった事なのになぁ。




アデラインは、すり傷だらけの僕に大泣きしたんだ。

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