セスの魔法 その1


「魔法、ね・・・」



うーん、と少し考え込んだ。



「まずは食事の席で隣に座って、会話をする事を心がけたかな」


「それまで会ったことのない者同士で、いきなり会話など弾むものなのか?」



僕の言葉に、アンドレが尤もな意見を返す。



「まあ、最初は好きな食べ物とか、本の好みとか? そういうのから始めたけど」




そう言えば、あの頃は手探りの毎日だった。


当時は基本、無表情だったアデラインの笑った顔が見たくて、必死であれこれ考えたっけ。


それこそ、思いつくことは何でも。









「ねえアデライン。ちょっと見ててくれない?」



あの頃はまだ、さして会話も弾むこともなく、無口だったアデラインに考えた作戦。



僕は両手を前に差し出した。


空っぽの掌を上にして。



「・・・? ええ」



少し目を見開いて、アデラインは答える。



「見ての通り、手の上には何もありません」



そう言ってから、両掌をそれぞれぐっと握る。



アデラインの視線は、じっと僕の両拳に注がれたままだ。



トル兄に教わった通りに出来るといいんだけど。



握った拳をぐるりと回してから再びぱっと広げると。



「・・・え?」



アデラインの目が、まん丸になる。


口がぽかんと開いた無防備な表情が可愛らしい。



僕の掌の上には、紙に包まれた小さな塊が、それぞれ一つずつ乗っかっていて。



「どちらかを取って?」



そう言うと、アデラインはおずおずと手を伸ばして、僕の右手の方の包みを取った。



「あげる。開けてみて?」



カサカサと包み紙を開いて、不思議そうな声が上がる。



「・・・ビスケット?」


「うん。アデラインが好きでよく食べるって聞いたやつ。中にクリームが挟まってるのだよ」


「・・・」


「ちなみに、左手にあったのはナッツ入りチョコレートでした」



こちらも好きだと聞いて用意したものだ。


僕は、チョコの包み紙を開けると自分の口に放り込んだ。



どちらも一口大だから、僕もアデラインもすぐに食べ終わる。



「はい。じゃあ2回目のチャレンジね?」



そう言って、僕はまた空っぽの両掌を差し出す。



「包み紙は同じだから、どっちが食べられるかはアデラインの勘次第だよ?」



ぐるりと回して掌を開く。



再び現れた二つの小さな包み。



「・・・」


「はい、選んで」


「・・・さっきと同じなのかしら? ええと、その、中身は・・・」


「そう。片っぽがビスケットで、もう片っぽがチョコレート。どっちも君の好きなものだよ」


「・・・」



真面目な顔で、じーっと掌の上の包みを見比べるアデライン。



どうやら今度はチョコレートを狙ってるらしい。



「チャンスはあと3回あるよ。5個ずつ用意したからね」



まだチャンスはあるよと言いたくて、そんな事を言ってみる。



わずかに口角が上がったのを見て、僕は作戦の成功を確信したんだよな。



昔、弟を喜ばすためにトル兄と練習した手品が役に立った瞬間だった。


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