貴様は馬鹿か
紅茶をひと口、含んでから、アンドレは徐に話を始めた。
「私が初めて貴殿の婚約者であるアデライン嬢に会ったのは、彼女の5歳の時の誕生パーティだった」
「・・・はい?」
「眩しい程の笑顔で天使かと見紛う可愛らしさだった。両親と手を繋いでそれはそれは嬉しそうに笑っていて」
「はあ・・・」
「天使でなければ妖精と表現してもいい。淡いピンクのドレスを着た彼女は、会場の注目を浴びていた」
ええと、何が言いたいんだ? この人は。
「だが、二回目に会った時には、その笑顔はすっかり抜け落ちていた。いや、笑顔どころか感情そのものが消えてしまったかのような、そんな感じで」
・・・うん?
「人形と言ったら分かりやすいか。とにかくろくに言葉も出さなくなっていた」
なんだ、この話の流れは。
「あれは彼女の母親が亡くなって半年くらい経った頃だと思う。侯爵を心配した父に連れられて会いに行ったのだが、私は慰めるどころか、二時間ほどただ黙って側に座っていただけだった」
僕はちらりとアンドレの表情を盗み見た。
淡々とした口調とは裏腹に、表情は雄弁に感情を物語っている。
それは多分、悔しさと怒り。
「その時の彼女の様子は、まあ恐らく君もよく知っているだろう。この屋敷に引き取られた時に見ただろうからな」
アンドレは自嘲するかのように薄く笑った。
「私は、彼女を慰めるよりも腹が立って仕方がなかった。彼女が変わってしまった事が、どうしても許せなくて。・・・だから」
アンドレはぎゅっと拳を握りしめた。
「だから彼女の事を考えるのを止めた」
「・・・」
この人、真面目な話で来てるみたいだけど。
いや、でもこれ、何て返事したらいいんだ?
「次に彼女の姿を目にしたのは、11歳の誕生パーティの時だ。・・・そこに君もいた」
「はい」
「アデライン嬢はあの時のように笑っていて、ああ君のお陰かと、そう思ったら何だか無性に腹が立って」
「はい?」
「気がついたらイチゴ水を君にぶちまけていた」
「・・・」
「まあ、上手く避けられてしまったが」
それ、かけた当人がかけられた相手を前にして言う台詞じゃないよね。
「その時に気づいたんだ。彼女が私の初恋だったという事に」
・・・ええと? 何ですか、それ。
「彼女に笑顔を取り戻させたのが君だったと思うと、つい足を踏みたくなったり、後ろから押したくなったり、嫌味を言いたくなったり、睨みつけたくなったり、まあ少しばかり意地悪をしたくなったのだが」
「いや、それ、少しどころじゃなかったですよね」
「話の腰を折るな。失礼だろう」
失礼って、お前がそれを言うか?
「まあいい。・・・それでだ、君は私と違って、彼女の心に寄り添った訳だ。だから、君ならば大丈夫だろうと、そう思ったのだよ。君なら、彼女を安心して任せられると」
・・・何か、アンドレの口調が娘を嫁に出す父親みたいになってるのは気のせいだろうか。
「なのに、これは一体どういうことだ」
「はい?」
いや,待て。それはこっちが聞きたい。
どういうことだって、どういうことだよ?
アンドレは、キッと僕を睨みつけた。
「何故、今になってアデライン嬢は君と距離を置き始めた? 貴様は一体、何をやってるんだ?」
「・・・え?」
僕は、アンドレの発言の意味がすぐには掴めなかった。
彼はそれを誤魔化しと取ったのかもしれない。
アンドレはずいっと前のめりになって、僕を見つめた。
「とぼけるな。これまで順調に距離を縮めていただろうが。それをなんだ、この間の夜会の様子は。何故アデライン嬢は、あんなにお前に遠慮していたんだ?」
「・・・」
僕は答えられなかった。
この間の夜会?
夜会って、確か僕がプレゼントしたブローチをつけてくれた・・・。
思い当たることがなくて。でも。
アンドレの言っていることが、あながち的外れとも思えなくて。
思い当たることはない、筈。
本当に?
「ようやく諦めがつきそうだったというのに。貴様は馬鹿か。何てことをしてくれるんだ」
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