私のひだまり


窓を叩くコツコツという音で、私は毎朝目が覚める。



ベッドから起き上がり、窓を開けると、手すりに止まった鳥がこちらに目を向けていた。



全体が深緑色に覆われ、羽先に淡い黄色、口ばしが鮮やかなオレンジ色の可愛らしい鳥だ。



「おはよう、シャール」



--- 君には僕がいる。この子には僕と君がいる。


僕たちで雛鳥を世話しよう ---




そう言って、私の手を取って厩に向かってくれたあの日が、随分と昔のような気がした。



律儀なこの鳥は、成長して野生に返してからもこうして毎朝、挨拶に来てくれる。



拾った当初は、分からない事ばかりでものすごく大変だった。


一緒に育てよう、とセスと張り切って貰ってきた干し草で、巣の様なものを作った。


動物好きの使用人から世話の仕方を教わった。


拾った次の日の朝、日が昇る前にけたたましい鳴き声で起こされ、眠い目を擦りながらエサをあげたのを覚えている。



あの時は、ただでさえ前日に心配しすぎて眠れてなくて、巣を囲んだまま、セスと二人で突っ伏して眠ってしまってたんだっけ。



気を使ったショーンが、毛布をかけてそのまま寝かせてくれたのは懐かしい思い出だ。


あれはまだ10歳だったから許されたこと。


同じベッドでうっかり眠ってしまうなんて、今なら大騒ぎどころか、大問題になってしまう。



シャールの事が気になって仕方がなかったとはいえ、よく見逃してくれたものだと、今も本当にそう思っている。



そんな事を考えていた時、近ごろ新たな習慣として加わったお休みの挨拶のことが頭に浮かんだ。



セスのお休みのキスを。



・・・キスって言っても、頬にだけど。

 


ただの挨拶、そう分かっているのに、思い出すだけで、かあっと顔が熱くなる。



頬にキスされるだけでも衝撃を受けていた。



だけど、顎に手が添えられるようになって、それから両手で包み込まれるように触れられるようになって。



最近は、挨拶のキスの後に、セスはおでこをくっつけるようになった。



そうやって顔を覗き込まれると、セスの澄んだ鳶色の瞳がとても近くで見える。



思わず息を呑んで、ただただ見惚れてしまうくらい綺麗なのだ。



父と同じ色をしている彼の瞳は、けれども父とは違って優しさで満ちていて、いつも私の姿を真っ直ぐに映してくれる。



セスがいたから、また笑えるようになった。


セスがいたから、だから私は。



はっとして、頭を左右に振る。



また私は、こうやって直ぐにセスに頼ろうとする。


甘えてばかりでは駄目なのに。


セスには、幸せになってもらいたいのに。




その時、扉をノックする音がした。



朝食の時間が近いから、きっとメイドが知らせに来てくれたのだろう、そう思って扉を開けると、廊下にはセスが立っていた。



「おはよう、アデル」


「セス? どうしたの?」


「朝の挨拶をしようと思ってね」



朝の挨拶?



「うん」と笑うと、セスは私をふわりと抱きしめた。



「おはよう、アデライン」


「・・・セ、セス・・・」



びっくり、した。


最近、セスとの触れ合う機会が増えたから。



嫌じゃない。


嫌じゃないけど、恥ずかしい。



胸がドキドキして、苦しくなるの。



「ねえ、アデライン。僕にもおはようって言って?」


「あ・・・お、おはよう。セス」


「うん」



セスは、私を抱きしめたまま、くすくすと笑う。



「・・・これからは、朝も迎えに来るからさ、一緒に食堂に行こう?」



ね? と尋ねられてこくりと頷くと、セスは私を腕の中から解き、嬉しそうに笑った。



私にいつも温かさをくれるセスの笑顔だ。



でもどうして。



腕の中から解かれて寂しいと思ってしまうのか。




ううん、答えは分かっている。




セスの腕の中は、ひだまりの匂いがする。



温かくて、ほっとする、とっておきの場所だから。

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