ハーブティーを淹れてあげる
「疲れたね」
「ええ。パーティが無事に終わってよかったわ」
夕食を終えた後、サロンに移動したアデラインとセシリアンの二人は、ソファに深々と腰掛けるなり、揃って大きな溜息を吐いた。
「・・・」
「溜息が揃っちゃった」
「・・・そうね」
「ふふ、タイミングまで気が合ったね」
「本当ね」
セスは手を伸ばし、隣に座るアデラインの黒髪をひと房すくい、愛おしそうに撫でる。
五年かけて縮め、獲得した距離だ。
セスは、生家とのやり取りが許されている事を盾に取り、たまに顔を出していた。アデラインと一緒に。
アデラインの臆病になってしまった心は、無理矢理に開けてはいけない。
だから見せることにした。
温かい家庭を、そこで一緒になって笑う自分を。そして、当然のように迎え入れられる君を。
僕はこういう人間だよ。
裏も表も、よく見て。そして安心して。
皆が皆、家族に背を向けたりはしない。
こうして、ずっと一緒にいることを選ぶ人たちもいるんだよ。
こんな風に笑い合い、愛し愛される関係は、別に珍しいものでも特別なものでもないんだ。
まだ自分を信じられないのなら、僕を信じて。
僕がどんな人間なのかを見て。
僕がどれだけ生家の家族を愛していて、そして同じくらいに、いやそれ以上に、君を愛していることをその目で見てほしい。
立場や家名や家族が変わっても、変わらず続く関係が確かにあることを知ってほしい。
そうやって、ありのままの自分を見せて少しずつ縮めていった距離の結果が今ここにある。
すぐ隣にいても、穏やかに笑い合える僕たちが。
掌の中で弄んでいた髪を放すと、はらりとその華奢な肩に静かに落ちる。
そんな髪ひと筋の動きすら、僕がいちいち見惚れてしまってるってこと、もし君が知ったら呆れるかな。
「ちょっと待ってて、アデル。今夜はよく眠れるように、ハーブティーを用意したんだ」
「セスも疲れてるでしょう? わたくしが淹れるわ」
「大丈夫、アデルは座ってて。僕がやってあげたいんだ」
そう言って立ち上がり、ティーポットにハーブを入れてお湯を注ぐ。
蓋をしてしばらく待って、カップに注ぎ出す。
立ちのぼる柔らかい香りを吸い込み、深呼吸してからアデラインの前に置いた。
「ありがとう、セス。いつもわたくしの傍にいてくれて」
アデラインが穏やかに微笑む。
「どういたしまして。光栄ですよ、僕の大事なお姫さま」
僕は冗談めかして本音をこぼす。
焦るな。
やっとこの距離を手に入れたんだ。
ここから先は、更に慎重に。
カップに口をつけ、ほう、と表情を緩めるアデラインを見て、僕はそう自分に言い聞かせる。
愛する妻を失い、娘を顧みなくなった父親の影響は、アデラインの恋愛観を揺さぶった。
男女の愛に、どれほどの狂気が潜むのかを。
だから、アデラインは恋に落ちることを恐れる。
父親のようになるのではないかと、自分に縛りをかける。
出来たらひとりでいたい、でもどうしても結婚しなければならないのなら愛のない政略結婚がいい、そう口癖のように言うのは、父親のように理性が壊れることを恐れるからなのか、それとも夫からまでも捨てられることを恐れるからなのか。
「とても美味しいわ。セスはお茶を淹れるのも上手よね」
そりゃあ練習したからね。
君のそんな笑顔が見れたなら成功だ。
僕もカップを手に取った。
心を許してまた捨てられることを恐れるアデラインは、これ以上傷つかないために自分を否定することを選んだ。
自分には価値がない。愛される資格がない。それだけの人間じゃない。
だから父に愛されなくても仕方がないって。
違う。違うよ、アデライン。
どうか気づいて。
それは侯爵の方なんだ。
君に愛される資格がないのは、君の父親のほうなんだよ。
僕はカップに口をつけた後、アデラインに向かって微笑んだ。
だから、アデライン。
早く侯爵の檻から出ておいで。
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