資格

「これはなぁに? セス」


「君が好きだと言っていた花の球根だよ。ショーンに取り寄せてもらったんだ。一緒に花壇に植えよう?」



眼をキラキラさせながら僕の掌を見つめるアデルが、とても可愛い。



正確には、僕の掌の上にある球根を見つめてるだけなんだけど。



花壇の前にしゃがみ込み、シャベルで穴を掘りながらアデルが口を開く。



「・・・いつ頃、咲くかしら」


「う~ん。春・・・いや初夏かなぁ?」



僕が次に侯爵の姿を見たのは、屋敷に連れてこられてから三か月後だった。



そしてその日、僕とアデラインは侯爵の命により婚約した。



だけどその後、アデラインはやっぱり僕にこう言ったのだ。



「この婚約は仮のものだと思っていてね。貴方が望む方を見つけた時は、すぐに婚約を解消するよう父に頼んであげるから。勿論、この家を継ぎたかったら貴方が継いでくれて構わないわ。私は出来れば誰とも結婚したくないし、その時は侍女になってお城で働こうと思うの」



聞けば、自分の意思については既に手紙で侯爵に伝えてあるという。



駄目だという返事が来ないから了承された筈だと。



どうやらこれまでずっと、彼女と侯爵とはその方法で意思を伝達していたらしい。



欲しいもの、望むもの、必要なものがあればアデラインが手紙かメモで伝え、駄目な場合はその旨が執事を通して伝えられるという。



初めて聞いた時は、なんだよ親子なのにその回りくどいシステムは、と呆れたものだ。



侯爵とは年に数度くらいしか会うこともないが、そんな久しぶりに見る侯爵のアデラインへの視線は、いつもどこか空虚でぼんやりとしていて悲しげで、こんな時でさえ、ろくろく彼女を見ようともしない。



肖像画の中の親子三人は、ぴったりとよりそっていて、幸せそうに笑っているのに。



ひとり、愛する妻が欠けたことで、ここまでバラバラに壊れるものなのか。



今でも生みの両親から愛情のこもった手紙をもらっている僕からしたら、侯爵の行動は到底理解することが出来なかった。



寝室から階下の食堂に降りる時、階段横の壁にかかっている肖像画がいつも目に入る。



それを見て分かったことだが、アデラインは亡くなった侯爵夫人とよく似ていた。



だからアデラインを見ると侯爵は辛いのかもしれないけど、だからといって、それが実際にアデラインから目を背けていい理由にはならないだろう。



誰か、侯爵にそれを言える立場の者がいれば良かったのに。


そう思うけど。



彼がこの屋敷の頂点だから、彼には誰も何も言えない。

そしてそこには、残念なことに僕も含まれてしまうのだ。



侯爵は、養子の僕に随分と寛大な処置を取ってくれた。



生家からのやり取りは禁じられることもなく、行き来も手紙も自由。



優秀な家庭教師をつけ、望むものはなんでも買い与えてくれる。



まぁ、そうしたやり取りも、執事を通してがほとんどで、当人が姿を見せることは滅多にないんだけど。



でも、それで良かった。というか、それが良かった。



だって、僕が家族になると決めたのは、家族になりたいのは侯爵じゃない、アデラインだもの。



愛を疑い、愛を怖がるアデラインを、僕は愛している。



だけど、僕の気持ちはアデラインには伝わらない。



今日もアデラインは僕に言う。



「セス。貴方みたいな優しい人はいないと思うの。素敵な人を見つけて、きっと幸せになってね。貴方にはその資格があるわ」



そう言って、アデルは寂しげに微笑むのだ。



違うよ、アデル。


、そして君、幸せになる資格があるんだ。



早くそれに君が気づくといい。

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