第240話 東方美女に抱っこされたい
「東方美女に抱っこされたい!」
『何ですか、藪から棒に……』
俺が心の底からの願望を口にすると、リントヴルムが呆れたように溜息を吐いた。
東方。
この大陸の東地域を指す言葉だ。
今まで俺たちが活動していた西側とは、巨大な山脈や砂漠で隔たれているため、簡単には行き来ができない。
ゆえに東方にしかない独特な文化が発達していた。
「女サムライにくノ一に巫女に舞妓! 東方には素晴らしい属性がたくさんあるのだ!」
『……さいですか』
俺は前世で一度だけ東方に行ったことがある。
だが当時は西側の人間に対して排他的で、しかも俺自身がすでにおっさんだったこともあり、女の子とイチャイチャすることができなかったのだ。
「だが今では西側との交流が増えてきているらしい」
先日の武闘大会には東方の剣士が出場していたし、観客席にも明らかに東方の人種と思われる人がちらほらいた。
「というわけで、東方に行こうと思うんだ」
「ん、楽しみ」
「了解した、我が主よ」
「……いや、どういうわけよ?」
前説をすっぽり抜かして結論だけを告げると、従順なファナとリルがすんなりと頷く一方、アンジェが怪訝な顔で睨んでくる。
「東方には独特な剣技や武術が発展しているからね。すごく勉強になると思って」
『先ほどと言ってることが全然違いますが?』
もっともらしい理由を口にすると、アンジェも納得したようで、
「そういえば東方には〝カラテ〟っていう独自の格闘技があるって聞いたことがあるわ! ぜひ一度手合わせしてみたいわね!」
もちろん移動は魔導飛空艇のセノグランデ号だ。
直線距離では東西を真っ二つに両断する大山脈を越えていくルートが一番近いが、生憎とこの旧式の飛空艇では山脈の高度での飛行を想定していない。
しかも山脈の頂上付近には多数のドラゴンが棲息している。
一体くらいならこの飛空艇の防衛機能でどうにかなるが、群れに襲われたらさすがに厳しい。
飛空艇ですら難しいのが大山脈越えだ。
生身ならさらに困難なはずで、このルートで東西を行き来しようなどという者はまずいないだろう。
次に距離が短いのが、砂漠を突っ切るルート。
山脈の南部に広がっている砂漠だ。
激しい寒暖差に、砂漠特有の凶悪な魔物の数々、延々と続く足場の悪い砂地……。
山脈越えは論外だが、この砂漠を横断するにしても何十日もかかってしまう。
東西の交流が制限されてきた所以である。
ただ、大賢者の塔に行く途中に通過した砂漠より広大ではあるものの、危険度としてはそこまでではない。
途中に点在しているオアシスは比較的安全なので、そこで休息を取ることも可能だ。
俺は今回、この砂漠ルートを選択するつもりだった。
『日中は暑いからオアシスの湖で泳ぐとすごく気持ちいいんだ。ぜひみんなで泳ぎたいね、ぐへへへへ……』
『煩悩でルート選択しないでください』
『いやいや、決してそれだけじゃないぞ』
ついでに説明すると、他に大陸の北方を通るルートと、砂漠のさらに南の海上を通るルートがあった。
北方ルートは極寒の雪道が延々と続き、下手をすれば砂漠ルートよりも大変だ。
一方の海ルートは、丈夫な船さえあれば一番短時間で到着できるルートである。
ただし、嵐で船が転覆したり魔物に襲われて船が大破したりと、リスクは砂漠ルートに勝るとも劣らない。
どちらも飛空艇を使うなら砂漠と大差ないのだが、単純に遠回りなので距離が長い。
つまり普通に考えて砂漠ルート一択なのだ!
「ん、見えてきた」
「あれがその砂漠ね」
やがて広大な砂地が見えてきた。
ちょうど太陽が真上にある時間帯で、猛烈な日差しが降り注ぎ、それが地表の砂で照り返している。
砂は熱を吸収しやすいし、砂の上を進むのは地獄だろう。
無論、飛空艇内は空調も付いているので非常に快適だが。
と、そのとき飛空艇の窓から地上を覗き見ていたリルが、あることに気づいた。
「我が主よ。地上に人の群れが見える」
「人の群れ? ほんとだ」
トカゲの魔物に跨り、砂埃を舞い上げながら砂漠を爆走する男たちの姿が見えた。
「野盗っぽい連中だ。……ん? 何かを追いかけているような……」
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