第241話 砂漠の塵となるがいい

「「「ひゃっは~~~~っ!」」」

「オレたちから逃げられるわけねぇだろォ!」

「大人しく捕まりやがれよォ! そうすれば少しは優しくしてやるぜェ? ひゃははははは~~~っ!」


 背後から響いてくる耳障りな怒号。

 必死に砂の上を駆け、彼らから逃げようとしているのは、女性ばかりの十人ほどの集団だった。


「はぁはぁ……くっ、こんなところで捕まるわけには……っ!」


 集団のリーダー、エレオーネは荒い息を吐きながら、懸命に走り続ける。

 しかし残念ながら彼我の距離は確実に縮まってきていた。


 追ってきているのは二十人を超える砂賊の集団だ。


 砂漠に出没する野盗団のことを砂賊という。

 彼らは砂漠に生息するトカゲの魔物、サンドリザードを飼い慣らし、移動手段として利用している。


 エレオーネたちも砂漠の移動に適した特別な靴を履いているとはいえ、この魔物に跨った砂賊たちから逃げ切れるはずもなかった。


「も、もう、限界、が……」

「アンネ……っ!」

「ダメです、エレオーネ様……っ! 私に構わず、お逃げください……っ!」


 仲間の一人が体力の限界に達してしまい、砂の上に倒れ込んでしまう。

 もはや立ち上がることもできそうにない。


「そんなわけにはいかない! ここまで一緒に戦ってきたお前を、見捨てることなど私にはできない!」


 足を止め、アンネのもとに駆け寄るエレオーネ。

 そこへついに、砂賊の集団が追いついてきてしまう。


「いたぜ! あの女で間違いねェ! ひゃっは~~~~っ! こりゃあオレたち、大手柄だろォ!」

「なァ、あの女以外は殺してもいいみたいだけどよォ、どうする?」

「おいおい、決まってんだろォ! せっかく若くて活きのいい女ばかりなんだからよォ? ヤる前にヤってやるぜェェェェェ!」

「「「ひゃっは~~~~っ!」」」


 卑猥な欲望を露わに、サンドリザードから次々と飛び降りる砂賊たち。


「(むしろ好都合だ……っ! わざわざあのトカゲから降りてくれるのだからなっ!)」


 その様子に、エレオーネは内心で幸運に感謝した。

 トカゲに騎乗した状態の砂賊を相手に戦っても勝機はないが、砂地に降りてくれればまだこちらにもチャンスがある。


 相手はこちらより数が多い上に、エレオーネたちは砂漠の長距離移動で大いに疲弊している。

 ただ、彼女たちは全員が熟練の戦士だった。


「がっ!? な、何だ、こいつら、めちゃくちゃ強いぞォ!?」

「我らはエンバラが誇る女王の盾! 貴様ら賊ごときに遅れは取らぬ!」


 苦戦しているのは砂賊の方だ。

 女性ばかりの集団を、なかなか打ち崩すことができない。


 無秩序に突っ込んでいくだけの砂賊たちに対して、彼女たちは統率された動きで対応していく。

 しかも圧倒的に戦意が高く、それが疲労によるマイナス分を大いに補っていた。


 そんな彼女たちを指揮しながら、自らも女性とは思えない苛烈な剣を振るっているのがエレオーネだ。


「女ばかりだと侮り、欲情で冷静さを失ったのが貴様らの敗因だ! 砂漠の塵となるがいい! はああああっ!」

「ぐあっ……」


 砂賊を一人また一人と斬り捨て、数を減らしていく。


 だが元々、砂賊の数は彼女たちの二倍以上。

 仲間を減らしながらも、むしろそのお陰で女の取り合いにならなくて済むとばかりに、かえって士気を高めた彼らは決して引かなかった。


 ついにはその勢いにエレオーネたちが屈してしまう。


「……ここまでか……無念……」

「ひゃはははっ! 手こずらせやがってよォ。さぁて、それじゃあお楽しみタイムと行こうぜェ?」


 縄で手足を拘束され、砂の上に転がされる女性たち。

 生き残った砂賊たちは下卑た笑みを浮かべながら、我先にと覆い被さっていく。


「もちろん、お前さんもしっかりかわいがってやるぜェ?」


 エレオーネのところにも一人の男が鼻を膨らませながら近づいてくる。

 相手を射殺すような目で睨みつけるエレオーネだったが、男は嬉しそうに口端を歪めた。


「ひひひ、その反抗的な顔、かえってそそるぜェ」

「くっ、ゲス野郎め……」


 やがて男の手が、彼女の衣服を剥ぎ取ろうとした、そのときだった。


「じ~~」

「ん? なんだ?」


 何かの気配を感じ取ったのか、男は思わず手を止めて視線を転じた。


「……は?」


 唖然として固まる男。

 一体何を見たのかだろうかと、遅れて横を向いたエレオーネは、


「なんか変な赤子がいるううううううううううううううっ!?」


 思わず叫んだ。

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