第206話 仇は私が取る

「悔しいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 その日の夜、アンジェがめちゃくちゃ悔しがっていた。


「まぁまぁ、アンジェお姉ちゃんもよく頑張ったよ。相手はSランク冒険者なのに、結構良いところまで追い込んでいたしね」


 俺はアンジェを慰める。


 ゴリティーアは俺がこの時代に転生してから遭遇した人間たちの中では、図抜けた実力を持っていた。

 昨晩、訓練に付き合ってはみたものの、正直言って今のアンジェでは手も足も出ないだろうと思っていたほどである。


 それが蓋を開けてみると、俺の予想以上にアンジェは健闘した。

 もしかしたらアマゾネスの性質から、自分よりも強い相手と戦う方が力を発揮できるのかもしれないが、何にしても誇っていい戦いぶりだったと思う。


「ゴリティーアも言ってたけど、アンジェお姉ちゃんなら、いずれ勝てるようになるはずだよ」

「……」


 それでもまだ悔しそうなアンジェ。

 ある意味この負けず嫌いこそが、彼女の強さの秘密かもしれない。


「アンジェ、仇は私が取る」


 ファナの藪蛇な言葉に、アンジェが咆えた。


「むしろその方が嫌なんだけど!? 間接的にあたしがあんたに負けたことになるじゃないのよ!」

「……?」


 ちなみに決勝トーナメントの一回戦は、今日一日で第四試合までが行われた。

 明日、残りの第五試合から第八試合までが行われる予定である。


 ファナの出場はその第七試合だ。


「そもそもあんたの相手はあの勇者でしょうが。まずはあいつを倒すことに集中しなさいよ」

「ん、心配要らない。勝つ」


 自信満々のファナであるが、たぶん何の根拠もない。


 そして翌日。


『さあ、いよいよ決勝トーナメント、一回戦の後半戦です……っ! 白熱した前半戦に負けず劣らずの好試合が期待されますっ! きっと観客の皆さんの中には、興奮して眠れなかった方もいらっしゃるでしょう! 何を隠そう、わたくしもその一人です……っ! なので今、めちゃくちゃ眠たい! どうかこの眠気を吹き飛ばしてくれるような戦いを見せてください……っ!』


 謎の実況に「知るかボケー」「もっとちゃんと実況しろー」と、一部の観客席からブーイングが響く中、第五試合が始まった。


 巨人族ではないかというほど身体の大きな男と、槍使いの小柄な青年だ。

 完全に対照的な二人で、体格差が大人と子供以上という戦いだったが、大方の予想を覆し、俊敏な動きで終始、大男を翻弄し続けた槍使いの少年が勝ち、二回戦へと駒を進めた。


 そして第六試合では、帝国騎士団に所属する騎士と、貧相な姿の老人が対戦。

 下馬評では圧倒的に騎士有利だったが、これも試合が始まると、予想外の展開となった。


 徒手空拳で戦う老人が、まるで宙を舞う花びらのような動きで騎士の攻撃を悉く躱しながら、絶妙なタイミングでカウンターを叩き込んでいったのである。

 しかもそのカウンター攻撃には、痩せ細った老人とは思えない威力があり、騎士が追い込まれていく。


 それでも最後にその騎士が意地を見せた。

 老人の攻撃をまともに受ける覚悟で放った渾身の一撃で、大逆転勝利を収めたのである。


『バリューマ氏、辛くも勝利しましたっ! ですが帝国騎士団の英傑を、ここまで追い込んでしまうとはっ……なんというお爺ちゃんなのでしょうか……っ!?』


 そんなこんなで二試合ともに大きく盛り上がり、やがて第七試合に。


『さあ、会場のボルテージも最高潮だあああああああああっ! そしてここで、いよいよあの方の登場です……っ! そう、我らが勇者、オリオン殿下です……っ!』


 これ以上ない大歓声の中でリングに現れたのは、この国の皇子にして勇者、オリオンだった。


「「「きゃああああああああああああああっ!! オリオン様あああああああああああああっ!!」」」


 耳をつんざくほどの黄色い大声援。

 中には興奮のあまり、気絶する女子もいた。


『対するは、Aランク冒険者のファナ氏ですっ! 昨日、素晴らしい戦いを見せてくれたアンジェ氏とは同じパーティだということ! これはまた途轍もない試合になりそうです……っ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る