第195話 雄っぱいはお呼びじゃねぇんだよ

 武闘大会の前日の夜。

 出場者たちは闘技場裏の広場に集まっていた。


 出場するのは全部で139名。

 出場制限があったにもかかわらず、過去最大らしい。


 まずは予選試合が行われ、それで一気に十五人まで絞るようだ。

 139人を十五の組に分けて、同組の出場者たちが一斉に戦って、最後まで残った一人だけが決勝トーナメントに進めるという。


 ちなみに勇者は予選免除のようで、決勝からの出場だ。


 どの組に入るかはすでに抽選で決められているという。

 出場者たちが集まったのは、これから組み合わせの発表が行われるためだった。


 屈強な男たちが数多く集まり、ピリピリとした雰囲気が漂う発表会場。

 血の気が多い出場者もいるようで、中にはその場で喧嘩を始めてしまう者たちも。


「明日には武闘大会が始まるんだから、そこで決着つければいいのにね」


 俺が呆れていると、


「あらぁん、すっごく可愛い子~~っ!」


 そんな声と共に、化け物が現れた。


 いや、もちろん人間だ。

 身長は二メートル超、はち切れんばかりの筋肉も持ち主で、見た感じ明らかに男性なのだが、顔に分厚い化粧を塗りたくり、髪をツインテールにし、フリフリのミニスカートを穿いているが、たぶん、きっと、恐らくは人間だろう。


「ねぇ、よかったらちょっと抱っこさせてくれないかしらぁ?」


 野太い声質なのに、艶めかしい声色で俺を抱っこしているファナに懇願する謎の大男。


 抱っこだと?

 もちろんお断りだ!


「ん、どうぞ」


 ちょっ!?


 当人の意思を余所に、あっさり俺を大男に差し出すファナ。

 怪しい男に赤子を渡すなんて、とんでもない無警戒さである。


 慌てて逃げようとしたが、大男が俺の身体を抱え上げる方が速かった。


「あああああああんっ! 可愛いいいいいいっ! あたし、赤ちゃん大好きなのよねぇっ!」


 こっちは男が大嫌いだよ!


 しかも分厚い鉄板のような胸板に顔を押し付けられてしまう。


『よかったですね、マスター。巨乳を味わうことができて』

『雄っぱいはお呼びじゃねぇんだよおおおおおおおおおおおおっ!』


 ようやくファナのところに戻れたときには、精神的なダメージを受け過ぎて俺はぐったりしていた。


「まったく泣かないなんて、とってもお利口さんねぇ」


 心の中では号泣してるよ!


「そっちの子も可愛いわぁん?」

「わたしはこう見えて大人ですので、抱っこは遠慮させていただきます」

「あらっ、中身は大人なのぉ? 残念ねぇ」


 続いて獲物の視線がメルテラに向けられたが、先んじてきっぱり断り、地獄の抱っこを回避していた。

 ず、ズルい……っ!


「ん、誰?」


 今さらながらファナが大男に訊く。


「あら、アタシったら。名乗るのも忘れちゃうなんて、アタシのばかばかぁ♡」


 小さく舌を出して、自分の頭をこつく大男。


「うふぅん、アタシの名はゴリティーア。人呼んで、美のカリスマ、ゴリティーアよぉん」


 美のカリスマ?

 どこがだよ!


「そう。わたしはファナ」

「ファナちゃんねぇ。とぉっても良い名前!」

「あたしはアンジェよ! あんた、すごく強そうね!」

「うふふっ、アンジェちゃんの方も強そうだわぁん」


 ゴリティーアと名乗る大男と、ごく普通に会話しているファナとアンジェ。

 美のカリスマに誰もツッコまないだと……?


「アタシのことはゴリちゃんって呼んでね♡」

「ん、ゴリちゃん。よろしく」

「それにしても、随分奇抜な格好してるわね。でも、似合ってるわ!」

「あら、ありがとう♡」


 似合ってはないだろ……。

 どうやらアンジェは壊滅的な感性の持ち主らしい。


「ゴリちゃんは男? 女?」


 相変わらずの無表情で、ファナが核心を突くような質問を投げかけた。


「うふふ、どっちだと思う?」

「……女?」

「ぶ~~っ! ふ、せ、い、か、い♡ アタシはね、心がちょ~~っぴり乙女なだけの、漢の子なのよぉん!」


 いや、漢は性別じゃないだろ。


「ん、なるほど」

「よく分からないけど、確かに漢らしい感じがするわね!」


 なぜか納得しているファナとアンジェ。

 俺にはまったく理解できないんだが?

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