第189話 拒否されるのも当然かと

 今まで一番俺を抱っこしてくれてきたのがファナだった。


 服を着ているときだけではない。

 時には裸のままで抱っこしてくれることもあった。


 そんなことをしてもらえるのは、赤子の俺だけだ。

 彼女の胸は、俺の特等席。


 そう思っていたのに――




 俺の特等席がっ……メルテラに奪われたあああああああああああああああああっ!?




 目の前でファナに抱っこされる別の赤子。

 その正体は前世の頃、俺の弟子だったハイエルフのメルテラだ。


「そんな……」


 絶望に打ちひしがれる俺に、リントヴルムが呆れた声で言う。


『マスター、端的に言って気持ち悪いです。何が特等席ですか』

『しかも最近、アンジェが警戒して俺を抱っこしてくれなくなってきてるんだ! ファナだけが相変わらず無警戒に俺を抱っこしてくれていたっていうのに……っ!』

『ザマァです』


 俺は念話でメルテラに訴えた。


『そこは俺の特等席だぞ!? 何で勝手に抱かれているんだ!?』

「ところでファナ様。実はあちらの赤子、正体は――」

『ぎゃああああああっ!? ちょっと待て!? それを言っちゃうのはダメええええええっ!』


 そうだった。

 俺の前世を知るメルテラには、弱みを握られているのも同然。


 彼女を怒らせてしまっては本末転倒である。

 残念ながらどうしようもない。


「……ぐすん」

「我が主、なぜ泣いている?」

「ああ、リル……そうだった、まだお前がいてくれた……」


 リルは俺のペットだ。

 ファナと違って、きっと俺だけを抱っこしてくれることだろう。


 俺は半泣きでリルの胸へと飛び込むのだった。






 その後、俺たちは海底神殿内の魔物を掃討した。


「だけど、随分と骨が折れるわね……」

「ん。しかも、外の海にはもっといる」


 魔の渦旋を消失させた今、新たな魔物が生まれる心配はないとはいえ、すでにいる魔物だけでも相当な数だ。

 それを片づけなければ、この海に平穏が戻ってくることはない。


『マスターの追跡型広域駆除魔法であれば簡単でしょう』

『そうだな……』

『どうしたのですか、そんな気のない返事をされて?』

『だって……』


 俺はジト目でアンジェを見る。

 その豊満な胸には、赤子のメルテラが抱えられていた。


『アンジェにまで抱っこされやがって! 俺なんて最近ぜんぜん抱いてもらえないのに! しかもメルテラの中身が大人だって分かってるはずだろう!?』

『そもそも男女が違います』

『酷い! 男女差別だ!』

『それとマスターからは卑猥な気配が出ていますので』

『もういい! やっぱり俺にはリルしかいない!』


 リントヴルムとそんなやり取りをしていると、メルテラが言った。


「魔物の殲滅であれば、わたしにお任せください」

「何かいい方法でもあるの?」

「はい。ひとまず神殿を出ることにいたしましょう。……それと、自分の足で歩くことができるので、降ろしていただいても大丈夫ですよ?」

「気にしなくていいわよ! あなた、こっそり胸を触ったりしてこないし! 外まで運んであげるわ!」

「……では、お言葉に甘えて」


 どうやらアンジェに抱っこされているとき、秘かに胸を揉んでいたことがバレていたらしい。


『拒否されるのも当然かと』


 そうして最初に入ってきた穴から外に出ると、メルテラが何やら大掛かりな魔法陣を展開し始めた。

 さらに俺たちの周りに結界を張ってから、


「では参ります。――終焉冷却ダイパァース


 直後、周囲の海が瞬く間に凍りついていった。


 迫りくる氷結に気づいて魔物が必死に逃げ出そうとするも、すぐに追いつかれて氷の檻に閉じ込められてしまう。

 気が付くと俺たちのいる結界の内側以外、海が完全に凍ってしまったのだった。


「――砕けなさい」


 さらにメルテラがそう呟くと、氷結した海に無数の亀裂が入っていく。

 それは凍った魔物の身体も例外ではない。


「……ふう。これで氷が溶けたときには、大方の魔物が絶命しているはずでございます」


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