第188話 赤子が一人増えてる

「そしてこの時代に目を覚ましたわたしは、赤子の脆弱な身体に慣れるのに苦戦しつつも、世界中を見て回りました。その結果、禁忌指定物の痕跡を各地で発見し、犯人が動き始めたことを確信したのでございます。ただ生憎とまだその尻尾を掴むことができてはいません。そんな折、わたしはこの時代の聖女と呼ばれる人物に会い、ある預言を授かったのでございます」


 メルテラが真っ直ぐ俺を見る。


「それは大賢者様が、この時代に転生されるとの預言でございました」

「なるほど」

「まさかあなた様が、この時代に転生されるとは思ってもみませんでした。きっとこれも神々のお導きでございましょう」

「けど、よくすぐに俺だと分かったな? 見た目は赤ちゃんなのに」

「あの魔の渦旋を一瞬で消し去れるような赤子が、他にいるとは思えませんから」


 目の前にもう一人いるけどな。


「それに禁忌指定物による事件を辿っていれば、いずれ行き当たることができると思っておりました」


 そんなやり取りをしていると、ファナたちが降りてきた。


「……目が回った」

「ちょっと、巻き込まないようにしなさいよ!」

「さすがは我が主。あれほどの魔法を一瞬で発動するとは」


 俺は慌てて念話でメルテラに訴える。


『一応、前世のことは覚えてないってことになってるから、その辺よろしくな。もちろん俺が大賢者だったことも伝えてない。今の名前はレウスだ』

『? なぜでございますか?』

『それはまぁ、その、なんというか……』


 前世の記憶や人格そのままに転生したと知られたら、赤子としての楽しいスキンシップができなくなるからだ。

 男なら全員が理解してくれるだろうが……メルテラが理解してくれるとは思えない。


『前世の記憶や人格そのままに転生したと知られたら、赤子としての楽しいスキンシップができなくなるから……ということのようですよ、メルテラ様』

『ちょっ、リンリン!?』

『なるほど……それで胸の大きな方ばかりなのでございますね。この姿まで若返っておいて正解でした』


 メルテラが蔑みの視線を向けてくる。


「って、赤子が一人増えてる!?」


 海底神殿の奥に現れた赤子エルフに、アンジェが驚きの声を上げた。


「メルテラと申します。以後、お見知りおきを」

「普通に喋った!? まさか喋る赤子が、こいつ以外にもいるなんて……もしかして、珍しいことじゃなかったりするのかしら……?」

「いえ、恐らくはわたしとこちらのアリ……レウス様だけかと存じます」

「赤子とは思えないほど丁寧な口調だし……」

「はい。赤子に見えるかと存じますが、中身は大人でございますので。特殊な魔法を使って、この姿に自らの肉体を若返らせたのです」

「そ、そんなことが可能なの? ん? ということは……」


 アンジェが俺を見てくる。


「ぼ、僕はそんな魔法は使ってないよ!」

「本当かしら? その魔法なら、今までの疑問がすべて説明できるんだけど?」

「本当だよ!」


 嘘は言っていない。

 俺の方は転生だからな。


「じゃあ何でこのエルフの赤子と面識がある感じなのよ?」

「ぎくり」


 脳筋アンジェのくせに鋭い……。

 最近ただでさえ彼女に色々と疑われ、警戒され始めているというのに、これではますます抱っこしてもらえなくなってしまうじゃないか。


 くっ……だが俺にはファナがいる――


「ん、かわいい」


 ファナがそう呟きながら、メルテラを抱き上げた。


「エルフの赤ちゃん?」

「いえ、わたしはハイエルフでございます」

「そう。少し、高貴な感じ?」

「そうですね……そう認識していただければよいかと」


 二人の様子を呆然と見つめながら、俺はショックのあまりよろめいてしまう。

 そして心の中で叫ぶのだった。


 俺の特等席がっ……メルテラに奪われたあああああああああああああああああっ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る