第185話 巻き込んでいます

 海底神殿の奥深く。

 広大な礼拝堂らしき部屋に出た。


 奥には祭壇があって、普段ならきっと神聖な雰囲気の場所なのだろう。

 だが今は禍々しい空間と化していた。


「……渦?」

「凄まじい魔力を感じるわ……」


 そこにあったのは、漆黒の渦のようなものだ。

 膨大な魔力を発する黒い靄が、ぐるぐると回転を続けているのである。


「魔物が……生み出されている?」


 リルが眉根を寄せて呟く。

 その薄の中から、一体また一体と、魔物が湧き出してきていた。


『やっぱり思った通りだな』

『マスター、あれに見覚えが?』

『ああ。あいつは魔物を無限に生み出し続けることができる〝魔の渦旋〟……前世で禁忌指定していたやつだ』


 理論上、放っておけば永遠に魔物を発生し続けるという、非常に危険な代物である。


『それが何でこんなところに……? いや、考えるのは後だな。まずはこいつを破壊してしまわないと』


 今もまた新たな魔物が生み出され、こちらに襲いかかってきた。

 その半魚人を、リルが拳一発で撃退する。


 放っておくと魔物が幾らでも沸いてきてしまうが、これを止める方法は簡単。

 この渦をぶち壊してしまえばいいのだ。


「お姉ちゃんたち。この渦を破壊すれば、魔物が湧いてこなくなるはずだよ」

「ん、了解」

「それなら簡単ね!」


 ファナが剣を、アンジェが拳をその渦へと叩き込んだ。

 しかし二人の攻撃は、実体のない渦をすり抜けてしまう。


「当たってない?」

「ちょっと、これじゃ攻撃できないじゃないの!?」

「物理攻撃じゃダメなんだ。魔法とかじゃないと」

「それを早く言いなさいよ!」

「あと、攻撃すると魔物を吐き出すペースが上がっちゃうよ」

「え?」


 直後、一度に数体もの魔物が一斉に出現。

 さらにそれだけで収まらず、次々と魔物が現れては躍りかかってきた。


「危険を察知して、敵を排除しようとするんだ」

「それも早く言いなさいよ!?」


 押し寄せてきた魔物の大群に、ファナとアンジェが苦戦する。

 一方、リルはそれを物ともしなかったが、物理攻撃しかできない彼女では、渦にダメージを与えることができない。


「むう……我では破壊できぬようだ」

「まぁ、僕に任せておきなよ」


 三人が魔物を引き受けてくれているので、俺は幾らでも魔法を撃ち放題だ。

 魔力の高まりを察したのか、渦から魚雷のごとき勢いで魚の魔物が俺を狙って迫ってきたが、


「遅いよ。海中竜巻」


 渦とは逆方向に巻き起こった猛烈な水流。

 それが魔の渦旋を掻き消していく。


 やがて水流が収まったとき、黒い渦は完全に消え去っていた。


「これでもう魔物は湧いてこないはずだよ。もっとも、すでにいる魔物はそのままだから、大掃除しなくちゃだけど……って、あれ?」


 振り返ると、ファナたちの姿がない。


『マスター。巻き込んでいます』

「あ」


 リントヴルムが示す方向を見遣ると、二人と一匹は礼拝堂の高い天井の辺りにいた。

 水流に飲まれて目を回してしまったようで、力なくゆっくりとこちらに落ちてくる。


「あちゃー、ミスっちゃった」


 俺が思わず顔を覆っていると。


「急に渦が消えたと思っていたら……やはり、あなた様の仕業でしたか」


 突然、背後から聞こえてきた声。

 ファナやアンジェ、それにリルの声ではない。


 だがその声には聞き覚えがあった。


「っ……まさか……」


 そして思い出す。

 先ほどの魔力の残滓……記憶があるのも当然だ。


 なにせそれは、前世の俺の一番弟子の魔力だったのだから。


「お久しぶりでございます、大賢者アリストテレウス様。いえ、今は転生されて、別のお名前になられているのでしょうか?」

「ふふっ、やっぱり生きていたか、メルテラ」


 エルフの里で、とっくの昔に死んだと聞いても、どうも納得ができなかったのだ。


 今もどこかで生きているに違いない。

 根拠はないが、何となくそう思っていた。


 そうして俺は、あの素晴らしい巨乳を再び拝めることに感謝しながら後ろを振り返る。

 何なら赤子となった今なら、あの胸で抱いてもらえるかもしれない。


 しかしそこにいたのは――


「……は? 胸が、ない……?」


 小さな頭と身体。

 短い手足。

 胸がないどころか、身長が赤子の俺とほとんど変わらない。


 ――紛うことなきエルフの赤子だった。

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