第186話 わたくしと同じですね

 そこにいたのは、あの豊満な胸の美女ハイエルフではなかった。

 ちんちくりんのエルフ赤子だ。


「え? どういうことだ? 確かにメルテラの声がしたはずだが……」

「はい。わたしがメルテラでございますよ、大賢者様」

「いやいやいや、こんな貧乳がメルテラなわけないだろう!?」


 俺は思わずその赤子に向かって叫んでしまう。


「……人を胸の大きさで判断しないでいただけますか?」


 するとそのエルフは、赤子とは思えない目で睨みつけてくる。


「そのゴミでも見るかのような目っ……た、確かにメルテラのものだ……」


 よく見ると、顔もメルテラにそっくりな赤子だ。

 少し幼いが、声もそのままである。


「どういうことだ!? まさか、若返りの魔法に成功したというのか!? くっ、だがそれならなぜそんなに若返った!? もっと成長した後の姿にすればよかっただろう!? あの胸を捨てるなんてとんでもない!」

「はぁ……転生されても相変わらずのようでございますね、大賢者様……」


 声を荒らげる俺に、メルテラ(赤子)は深く溜息を吐いた。


『申し訳ありません、メルテラ様。どうやらマスターの変態は死んでも治らなかったようです』

「リントヴルム、お久しぶりでございます。……どうやらそのようでございますね。あなたにはご迷惑をおかけしているようです」

『いえ、これもわたくしの選んだ道ですから。それにしても、かつてのマスターすら断念した若返りの魔法を完成されるとは驚きですね』


 旧知の間柄であるメルテラとリントヴルムが、勝手に話を進めていく。

 ちょっ、俺を放置しないでくれ~。


「ありがとうございます。ただ、生憎とまだ欠点が多くあって、完成したとは言い難いようなものでございますが。なにせ、肉体を若返らせるためには、老化に必要とした期間に準じた長い時間が必要となる上に、その間は一切の行動が不可能になってしまうという代物でございますから」

「ということは、どこかでずっと眠ってたってことか?」

「その通りでございます。元々それなりの年月を生きていたため、長きに渡って休眠状態にありました。目を覚ましたのは、ちょうど半年ほど前のことでございます」

『休眠ですか。わたくしと同じですね』


 だから死んだことになっていたのか。

 ハイエルフは長い寿命を持つため、遡る期間も長いのだろう。


「だが、そこまで遡る必要なんてなかっただろう!」

「わたしももう少し成長した状態がベストだったのですが、そこまで細かく調整できなかったのでございますよ。その結果、生後一か月ほどの姿として目覚めてしまいました」

「ぐぬぬぬ……」


 しかし欠点があると言っても、こんな魔法を作り出してしまうとはな……。

 つまりメルテラは、もはや永遠の命を手に入れたようなものだ。


「大賢者様の方こそ、本当に転生の魔法に成功されるとは、さすがでございます」

「若返りと違って、転生先をコントロールできないせいで困ったこともあったけどな。正直、結構な博打だ」

「何百年に渡って、自らの身体を無防備にし続けるというのも、なかなかの博打でございましたよ。もちろん相応の対策をしてはおりましたが」


 メルテラが赤子化し、この時代に生きている理由は分かった。

 だがどうしても腑に落ちないことがある。


「お前のことだ。永遠の命になど、興味がないと思っていたが……」

「ええ、その通りでございました。しかし、そうは言っていられない事情が生じまして」

「どういうことだ?」

「それは大賢者様がお亡くなりになられた後……大賢者の塔に起こった出来事に起因する話でございます」

「大賢者の塔に……?」


 エウデモスが当時の光景を再現していたが、組織はとっくに無くなっていた。

 それからメルテラが語ってくれたのは、いかにして大賢者の塔が崩壊に至ったのか、その真相だった。

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