第182話 もちろん海水浴場のため

 飛行船を飛ばすこと数時間。

 ついに前方に青い海が見えてきた。


 そうして浜辺に辿り着くと、昇降機を利用して白い砂浜へと降り立つ。


『おお~、すごく綺麗な砂浜! ここなら海水浴にぴったりだな! もしかしたら先客の美女がいたりするかも?』


 水着姿の美女(巨乳)たちとキャッキャウフフしている光景を脳裏に描いて、思わず頬を緩める俺。


『いえ、マスター。どうやら海水浴どころではなさそうですよ』

『え?』


 リントヴルムの不穏な指摘に、俺は首を傾げた。


『ご覧ください、あの海の有様を』

『こ、これはっ……』


 沖の方へと視線を向けた俺が目撃したのは、海中を蠢く幾つもの巨大な影。

 時々それらが海上へと顔を出しては、大きな咆哮を轟かせた。


「魔物がめちゃくちゃいるんだけど……」


 ぱっと見渡してみただけでも、二十体はいるだろう。

 しかもそれはこの浜辺から見えているものだけで、もっと深い場所となると恐らくこの程度ではないはずだ。


「すごい数。海って、こんなに魔物がいるもの?」

「そんなはずないでしょ! 明らかに尋常ではない数よ!」


 あまり海に来たことがないらしいファナの呟きに、アンジェが異を唱える。


「む。我が主よ、浜に上がってくる魔物もいるぞ」


 リルに注意を促されて視線を転じると、背中に無数の刺を生やした亀の魔物が、ゆっくりと浜辺に上がってくるところが見えた。


『リンリン、奴を即座に排除するぞ! 海はともかく、浜辺だけは絶対に死守しなければ! 最悪、砂浜さえあれば水着回は成立するからな!』


 残念ながら先客はいなかったが、ファナたちがいる。

 彼女たちに着せるための水着を、このためだけに用意したのだ。


『どう考えても成立しませんよ』

『そんな……』

『それよりもこの海の状態のことが気になりますね』


 俺ががっくり肩を落としていると、背後から怒号が響いてきた。


「お前たち、そんなところで何をやっているんだ!? 今の海は危険だぞ!?」


 振り返ると、そこにいたのは地元の人と思われるおじさんだ。


 かなり日に焼けていて、いかにも海の男といった印象である。

 漁師をやっているのかもしれない。


「ここの海は魔物だらけだ! 中にはあの亀のように、陸に上がってくるようなやつもいる! 早くこっちに来るんだ!」


 おじさんに怒鳴られ、後を付いていく。

 するとこの浜辺一帯を覆い尽くすように、石や土などで作られたバリケードがあった。


 バリケードの反対側には櫓のようなものが建てられていて、どうやらそこからこの浜辺の様子を見張っているらしい。


 設置されていた梯子を上って反対側に降りると、そこでようやくおじさんが安堵の息を吐いた。


「お前たち、一体どうやって浜に入ったんだ? 見ての通りここは完全に封鎖されているはずだぞ!」


 もちろん飛行船で空から入ったと説明するわけにはいかない。

 誤魔化す代わりに俺が口を開く。


「それよりおじちゃん、ここの海、前からこんな感じなの?」

「そんなはずがないだろう! 元々は綺麗な海で、漁業も盛んなって赤子が喋ってるだとおおおおおおおおおっ!?」


 どうやらこの海に魔物が溢れかえってしまったのは、ここ最近のことらしい。


「僕たち、ベガルティアって都市から来た冒険者なんだ」

「ベガルティア? っていうと、冒険者の聖地とか呼ばれてるとこか……」

「うん。そこの赤子は喋れるんだよ」

「……んなわけないでしょ。適当なこと言うんじゃないわよ」


 アンジェは呆れているが、おじさんの方は「そうなのか……」と少し納得している。


「よかったら詳しいことを教えてよ。僕たちなら何かできるかもしれないからさ。全員Aランクの冒険者だから、実力は確かだよ」

「Aランク!? この若さで……」

「きっとまともに漁もできなくて大変でしょ?」

「あ、ああ、その通りだ。海がこの有様じゃ、漁に出ることなんてできやしねぇ。港も閉鎖しちまってるし……この浜辺も、元は海水浴場として賑わってたんだが……」

「っ! おじちゃん、今なんて!?」

「え? いや、この浜辺も、元は海水浴場として賑わってて……」


 訊き間違いではなかったらしい。

 俺は拳を握り締め、宣言した。


「心配しないで、おじちゃん! 絶対に僕たちが何とかするから!」

「ほ、本当かっ?」

「うん、任せておいてよ!」




『随分とやる気のようですが、もちろん漁ができずに困っている方々のためですよね?』

『もちろん海水浴場のために決まってるだろう!』

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