第178話 ぼくはあれからずっと生き続けてきた

「っ!? あ、アリストテレウス!? そ、そんなはずはっ……」


 俺が正体を明かすと、エウデモスは慌てだした。


「本当だよ?」

「わ、若返ったとでもいうのか!? いや、今、確かに前世と……。やつが転生の魔法の研究をしていると、聞いたことがあるっ……まさか、それに成功したというのか……っ!?」

「そういうこと。それで、君は何でこの時代まで生きているの? あ、でも生きているという言葉は語弊があるかな? だってその身体、明らかに人間のそれじゃないし」

「……く、くくくっ」


 なぜか急にエウデモスが笑い始める。


「あはははははははっ! そうだ! ぼくはあれからずっと生き続けてきた! この特別な身体に、自分の頭脳と精神を完全に移すことによってねぇ!」


 恐らくあの身体は、スライムなどの不老不死生物に近いものだろう。

 確かにそうしたものに記憶や魂を移し替えれば、永久に生き続けることは不可能ではない。


「一方の君は、一度死んでしまったというのにねぇ! これはすなわち、ぼくの方が優れているということの証明に他ならないだろう!」


 先ほど俺の人形を足蹴にしていたことといい、彼は俺に何か強い恨みでも持っているのかもしれない。


 そういえば、禁忌の魔法に手を出した罰で塔を追放すると告げたら、怒って襲いかかってきたんだっけ?

 自分ほどの人間を追放するなどあり得ないとかなんとか、随分とプライドの高い男だった記憶がある。


 まぁ、あっさり撃退してやったのだが。


『恐らくそのときの屈辱を晴らすため、こうして当時の光景を人形で再現させたのでしょう。そして塔のトップであるマスターの椅子に座り、マスターの姿をした人形を罵倒している、と』


 それも昨日今日、始めたわけではない。

 どれほどの帰還、こんなことを続けていたのか、想像するだけでゾッとしてしまう。


「ええと……言っておくけど、君がやったそのやり方、俺も一度は考えたやつだけどね」

「っ? な、何だと!? いや、そんなはったりに騙されるとでも思ったか! 思いついたというのなら、なぜやらなかった!? それとも実現できないと踏んだのかっ?」

「もちろんやろうと思えばできたけど? 単にやらなかっただけだよ」


 その理由は単純。

 人間の精神は、長期間にわたって人間以外の身体に入ることに耐えられないからだ。


 だから俺はこのやり方を諦め、一か八か転生する方法を選んだのである。


「ははははっ! そんな言い訳をしても無駄だっ!」

「言い訳じゃないってば。気付いていないかもしれないけど、君、とっくに精神がダメになっちゃってるよ? だって、当時の光景をそのまま再現させて、それを何百年もず~~~~~~~~っと維持し続けてきたんでしょ?」


 そんな真似、まともな人間だったら到底できないはずだ。


「つまり君の精神はもう、人間の頃とは似て非なる者になってる。その不老不死の身体に、精神が侵食されちゃってるんだ」

「な、なんだと……? そんな、はずは……」


 突きつけられた事実を受け入れられないのか、わなわなと唇を震わせながら「そんなはずはないそんなはずはない」と何度も呟くエウデモス。

 さらに追い込んでみる。


「じゃあ聞くけど、この塔を乗っ取ってから、何か大きな研究成果とかあった? どうせその身体に満足して、人形のアリストテレウスを馬鹿にすることだけに時間を浪費し続けてたんでしょ?」

「っ、そんな、そんなことはっ……」


 何も具体的なことを言い返せないのは、図星ということだろう。


「不老不死の身体に引っ張られて、成果がゼロでも焦りとか何もなかったんだろうね。当然そんなことしてたら、知能も退化していっちゃうだろうし……未だに会話ができてるだけでも大したものかもしれないね」

「だ、だ、だ、黙れぇぇぇぇぇっ!」


 怒りでエウデモスの顔が歪む。

 いや、それどころか、身体そのものがぐにゃぐにゃと歪み出していく。


 そうしてスライムのような姿になると、


「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺スッ、殺シテヤルウウウウウウウウウウッ!!」


 凄まじい殺気を放ちながら襲い掛かってきた。


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コミック版『転生勇者の気まま旅』の第一巻が今月7日に発売されます! よろしくお願いいたします。(https://magazine.jp.square-enix.com/top/comics/detail/9784757583795/)

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