第177話 別に人形だし

『素晴らしい! あのエルフの里の像と違って、胸の大きさが完璧に再現されている!』


 メルテラ(人形)の胸に顔を埋めて、俺はその再現度の高さを称賛する。


『どれどれ、せっかくだから下の方も見せてもらうとするか』

『いい加減にしてください、このエロジジイ』


 しかし一体誰が何のためにこんなものを作ったのか、まるで見当もつかない。


『おっと、ここから先は俺専用のフロアだな』


 塔の最上層までやってきたところで、俺はファナたちに告げた。


「それじゃあ、僕はこの先を調査してくるから。お姉ちゃんたちはこの辺で寛いでいていいよ」

「? 私も行く」

「何であんた一人で行くみたいなこと言ってんのよ?」

「我が主よ、何かあれば危険だ」


 彼女たちを置いていくつもりなのは、他でもない。


『だって当時のエッチなコレクションとか回収しないといけないし』

『糞みたいな理由ですね、マスター』

『いやいや、すごく大事なことなんだぞ!? あのときどうしても処分できなくて、隠し部屋に保管しておいたんだ! ああ、どうかそのまま残っていてくれ……っ!』


 もし俺の死後、誰かに発見されていたと思うと恥ずかしい。

 俺の性癖がバレてしまうからな。


『……隠さなくても、すでにマスターの性癖はバレバレですが?』


 ちなみに俺の専用フロアに行くには、特別な扉を通らなければならない。

 通過するには必ず暗証コードを告げる必要があった。


「汝、ここを通りたくば呪文を唱えよ」


 扉に近づいていくと、どこからともなくそんな声が聞こえてきた。


「扉が喋った?」

「呪文って何のことよ?」


 首を傾げるファナたちを余所に、俺はその文言を念話で伝える。


『開けゴマ』

「……通るがよい」


 扉は開かないが、気にせず真っ直ぐ進むと、身体が扉を通過していく。


「じゃあ、後でね~」

「ちょっ、待ちなさいよ! いたっ!?」


 慌てて追いかけてきたアンジェだったが、扉に激突してひっくり返ってしまう。

 先ほどの文言を扉に伝えた者以外は、ここを通ることができないのだ。


「さてさて、一人になったことだし、早速コレクションを回収してくるか」

『それよりも先にこの謎の減少の原因を探ってみては?』

「いいや、コレクションが先だ!」

『……』


 そうして当時の自室にやってきた俺は、そこであるものを目撃することになる。


「俺がいるんだが」


 考えてみたら当たり前かもしれない。

 弟子たちも恐らくは全員が当時の姿を人形によって再現されていたのだから、かつての俺の姿を再現した人形がいてもおかしなことではなかった。


 ただ一つ、おかしなことがあるとすれば。

 その〝俺〟が地べたにひれ伏していたという点だ。


 さらにその頭を踏みつけながら、勝ち誇ったように叫ぶ人物がいた。


「まったく、こんな簡単な魔法理論も理解できないなんて! 相変わらず無能だねぇ、君は! 天下の大賢者、アリストテレウスの名が呆れるよ! まぁ、もっとも、このぼくは、そんな君を大きく凌駕するほどの天才だから仕方ないけれどねぇ!」


 四十代半ばくらいの男だ。

 どこかで見たことある気がする顔だが……うーん、思い出せない。


「ていうか、老人の頭を踏むとはけしからんな」

『怒るのはそっちですか? 自分の姿をした人形が馬鹿にされているのですよ?』

「いや、別に人形だし……」


 そんなことより、これは一体何なのか?

 初めて言葉を喋っている人間に遭遇したが、あいつがこのおかしな現象の犯人なのだろうか?


「さあ、ぼくの凄さを讃えてみなよ、アリストテレウス! エウデモス様! あなたこそ、真の大賢者ですってねぇ! ほら、言ってみなよ! 聞こえないねぇ!」


 喋ることもできない人形をガシガシ踏みつけながら、血走った目で命じる男。


「エウデモス……? そういえば、そんな名の弟子がいたような……」

『はい。わたくしも記憶しています。禁忌の魔法研究に手を出したことから、この塔を追放された弟子の一人です』

「おお、そうだったそうだった」


 とそこで、ようやく俺のことに気づいたようだ。


「っ? そこにいるのは何者だい!? ……赤子?」

「久しぶりだね、エウデモス」


 俺は気さくに声をかける。


「ぼくの名を知っている……? ただの赤子じゃなさそうだね? 何者だい?」


 そう問われて、俺はエウデモスの足元で平伏する老人を指さしながら、


「僕はレウス。だけど前世はこう呼ばれていたよ。――大賢者アリストテレウスってね」

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