第141話 すべてに納得がいく

「誰にも言わないでね?」

「もちろんだ。誰にも言わん」


 念を押す俺に、ギルド長が頷く。


「ファナやアンジェにも秘密にしてるから」

「なぜだ? 仲間には伝えても、特に問題ない話のように思えるが……」


 なぜって、そりゃあ俺が前世の記憶や人格そのままに転生したと知られたら、赤子としての楽しいスキンシップができなくなるからに決まってるだろう。


 もしかしてこの男、その願望が理解できないタイプなのか?


『世の中の男性は、決してマスターのような変態だけではありません』


 そんな馬鹿な……。


 と、そのとき部屋の扉を強く叩く音が響いた。


「た、大変です、ギルド長!」


 随分と慌てた声に、ギルド長が訝しそうに眉を顰める。


「どうした? 今は重要な話をしている最中だぞ?」

「それがっ……ブレイゼル家の当主夫妻が、この街に自らやってきとの情報がっ!」

「何だと?」


 なんだか面倒なことになったようだ。






 ブレイゼル家の当主夫妻をはじめ、三十人を超す大規模な集団が、冒険者ギルドのエントランスロビーへと入ってくる。

 それを出迎えたのは、この都市のトップであるギルド長アークが率いるギルドの一団だ。


 厳しい表情をしたギルド長が、先制とばかりに強い口調で告げた。


「ブレイゼル家当主ガリア殿、そしてメリエナ殿、ようこそ冒険者の街ベガルティアへ。貴殿らの訪問を心から歓迎したい。……と、言いたいところだが、正直言って、唐突に来られて非常に迷惑している。せめて事前に連絡の一つは寄越すべきではないか?」


 一方、苛立った様子で応じるのは、ブレイゼル家当主ガリアだ。


「そのことについては詫びよう。だがそれはそちらの対応にも非があるとは思わぬだろうか? こちらが幾度となく我が子の引き渡しを求めてきたにも関わらず、まったく取り合おうともしなかったのだからな。生き別れた我が子の居場所をようやく突き止め、一刻も早く会いたいと思う親の気持ちが、貴公には理解できぬようだ。……もっとも、致し方ないところもあるだろう。聞けば、貴公には子がおらぬそうだからな」


 一触即発といった雰囲気で両陣営が睨み合う。

 そのときガリアの傍にいた美女が、何かに気づいて声を上げた。


「レウス! あなた、レウスですわ!」

「なに?」


 二人が視線を向けたその先にいたのは、ギルド長の後方、リルに抱えられた俺である。


「ああ、間違いありませんわ! だって、あたくしにそっくりですもの!」


 そう涙目で主張するその美女は、俺を産んだ母親だ。

 確かメリエナと言ったっけな。


「おおっ、確かに間違いない! レウス!」


 ガリアとメリエナがこちらに駆け寄ってこようとする。

 だがそんな二人の前に立ちはだかる者がいた。


「……何のつもりだ、アーク殿?」

「それはこちらの台詞だろう、ガリア殿」


 ギルド長である。

 殺気を放ちながら睨みつけてくるガリアたちに臆することなく、彼は断じた。


「レウス殿は冒険者だ。それも、ギルドが誇るAランクのな。もし貴殿らが彼の親であったとしても、すでに冒険者として自立している彼をどうこうする権利などないだろう」

「何だと? レウスはまだ生まれたばかりの子供だぞ? ……いや、なるほど、分かったぞ。あの信じられない噂の数々は、貴様が流したのだな? そうやって、レウスをAランク冒険者に仕立て上げることで、ギルドに取り込もうという魂胆か」

「……何の話だ?」


 ガリアは何かを勘違いしたらしく、


「道理でおかしいと思ったのだ。生後まだ半年にも満たない子供に、冒険者などできるわけがない。大方、この子の秘密を知って、既成事実を作ろうとしたのだろう」

「あなた! そもそもこの子が突然いなくなったのは、冒険者ギルドの仕業ではありませんのっ? いいえ、きっとそうに違いありませんわ!」

「っ……そうか! そう考えれば、すべてに納得がいく! なんという、悪魔の所業……っ! 恥を知るがよい……っ!」


 自分たちが捨てたくせに、なぜか冒険者ギルドのせいにし始めたぞ?

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