第137話 何たる不覚
「あ、戻ってきたのね。……って、誰よ、その女?」
「ん。獣人?」
冒険者の聖地ベガルティアへと戻ってきた。
アンジェとファナが、リルを見て訝しそうな顔をしている。
「仲間にしたんだ」
「仲間、ねぇ……」
リルの胸の辺りをマジマジと見るアンジェ。
「……いかにもあんたの好きそうなタイプね?」
「たまたまだよ、たまたま」
まさか人化してこんな姿になるとは思っていなかったからな。
というか、俺が無類の乳好きなこと、もしかしてアンジェにバレてる……?
『むしろバレないとでも?』
「我はリルという。我が主には恩があり、それに報いるためこうして同行を許してもらった。以後よろしく頼む」
リルが生真面目に挨拶する。
「ん、ファナ。よろしく」
「あたしはアンジェよ。……その恩っていうのは?」
「うむ、実はだな」
リルが二人に経緯を説明した。
「フェンリル?」
「って、神話級の魔物じゃないのよ!? でも、この姿は……?」
「今は人化してるんだ。本当はレッドドラゴンより大きいよ」
「そんなのが暴れ回ってたのが、魔物の大移動の原因だったって……? それ、よくどうにかできたわね……」
「さすが師匠。フェンリルを手懐けた。すごい」
ファナが賞賛する一方、リルが獣耳を萎れさせながら言う。
「理性を失ってしまうなど、我ながら恥ずかしい限りだ。正気に戻してくれた我が主には、感謝しかない」
「気にしなくていいよ(もみもみ)」
胸を揉みながら慰める俺に、リルが目を輝かせた。
「おお、なんと寛大なお方なのだ……。その歳にしてその寛容な精神、もはや聖人君主と言っても過言ではないだろう」
『聖人君主はそんなふうに胸を揉んだりはしませんが?』
そのときリルのお腹から、ぐうううう、という大きな音が鳴った。
「リル、お腹空いたの?」
「そのようだ。随分と走ったからな」
「じゃあ、ご飯にしよっか。この宿の食事、結構おいしいよ」
「かたじけない」
恐縮するリルを連れて、宿に併設されているレストランへ。
そうして俺たちは知ることとなった。
人化したフェンリルの、恐るべき喰いっぷりを。
「むしゃむしゃむしゃ……おかわり! これとこれとこれとこれを、もう五皿ずつ頼む!」
上機嫌になったリルが、空になったお皿を指さして店員に注文する。
「……すごい」
「まだ食べるの……?」
それを呆れ顔で見つめるファナとアンジェ。
普通の人と比べれば二人もずっと大食いなのだが、もうとっくに食べ終わって、ただただリルの終わらない食事を呆然と見るだけの時間となっていた。
他の客や店員に至っては、もはや化け物を見るような顔をしている。
「それにしても人間の作る本当に美味いのだな! 扱い辛い身体だが、こんなものを毎日食べれると思うと、その程度の苦など軽く吹き飛ぶぞ!」
そこへ申し訳なさそうに店員が戻ってきた。
「も、申し訳ございません……いただきましたご注文ですが、すでに食材が底をついてしまったようでして……」
「む? ということは?」
「残念ですが、ご用意できないのです」
「むう……それは仕方がないな……まだ腹半分しか満たされていないが……」
「「「それで半分!?」」」
誰もがそろって驚愕の声を上げる。
ていうか、すでに五十人前以上は平らげてると思うんだが……。
そして当然ごとく、支払額が物凄いことになっていた。
「ちょっと、毎回こんな金額を食べられていたら、幾ら最近かなり稼いでるからって、さすがに赤字になっちゃうんだけど?」
詰め寄ってきたのはアンジェだ。
うちのパーティのお金の管理は彼女の役目なのである。
俺もファナもお金には無頓着で、どんぶり勘定だからな。
アマゾネスなのに、アンジェは意外とその辺きっちりしているのだ。
「赤字?」
「え、もしかしてお金の概念とか分からないのかしら……?」
「むう……済まぬ。生憎と人間たちの文化や風習には疎いのだ。しかし恩を返すと言いながら、主に迷惑をかけることになるとは……何たる不覚……」
反省して獣耳が萎れてしまうリルに、アンジェは言った。
「と、とにかく、あんたにはそれ相応の働きをしてもらうわ!」
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