第135話 再認識したに違いない

「はあああああああっ!」


 裂帛の気合いと共に巨漢が大剣を振り下ろしたのは、全長四メートルを超えるカバの魔物だ。


 ドオオオオオオオンッ!!


 刀身がカバの頭に激突した瞬間、凄まじい爆発とともに頭蓋ごと弾け飛ぶ。

 デビルヒッポーと呼ばれる危険度Bの魔物だったが、爆発を伴う強烈な一撃を前には、一溜りもなかったようだ。


 絶命した巨体が、地響きと共に地面に倒れ込む。


「グルアアアアッ!!」

「っ!? ……邪魔だ!」


 ドオオオオオンッ!


「~~~~~ッ!?」


 間髪入れずに背後から襲いかかってきた獅子の魔物を、巨漢は再び爆発を伴った斬撃によって粉砕した。


 強力な魔境の魔物を次々と仕留めていくその巨漢の名は、ガリア=ブレイゼル。

 この辺境の地を守護するブレイゼル家の現当主だ。


 魔法を帯びた剣――魔法剣を得意とする彼は、魔法使いでありながら剣の腕も超一流。


 その剛腕から繰り出される斬撃だけでも、危険度Cのオーク程度ならば一刀両断できる威力があるだから、そこへ爆発魔法が加われば、魔境の魔物ですら一撃で打ち倒してしまうのも当然と言えるだろう。


 その様子を見ていた配下の魔法使いたちが、その戦いぶりを称賛する。


「さすがご当主様だ……っ!」

「あれがご当主様の十八番〝爆魔剣〟か……っ!」


 さらに、ガリアに比肩する魔法使いである妻のメリエナも、今頃は別の場所で魔物の討伐に奮闘しているはずだった。

 もちろんブレイゼル家には、他にも優秀な魔法使いたちが大勢いる。


「だ、だが、幾らご何でも、この数は……」

「しかもまだ続々と魔境から魔物が押し寄せてきている……っ!」

「城壁だって、いつまで持つものか……」


 彼らが言う通り、状況は非常に悪かった。


 要塞都市である領都ブレーゼは、魔境の魔物による襲撃を受け続けていた。

 都市を護る堅固な城壁も、魔物によって破壊され続けており、このままではいつ突破されて街中への侵入を許してもおかしくない状態だ。


 魔境の森の異変。

 普段、滅多に森から出てくることなどないはずの魔物たちが、どういうわけか次々と魔境を抜け出し、押し寄せてきているのである。


 ブレイゼル家の記録に残る限り、このような異常事態は初めてのことだった。

 魔境の森の魔物から国を護るため、この地の統治を任されていると言っても、やることはせいぜい、縄張り争いなどに負けて森から逃げて南下してくる魔物に対処する程度。


 これほど大規模なスタンピードなど想定していなかった。


「はぁはぁ……くっ……このままでは……っ!」


 苦しそうに顔を歪め、息を荒らげるガリア。

 魔法剣を連発し続けたせいで、すでに魔力が枯渇しかかっているのである。 


 他の魔法使いたちも似たような状態だ。

 彼らにとって魔力の欠乏は最も避けなければならないことなのだが、残念ながら魔力を回復するための休息を取る余裕すらない。


「コレだけは使いたくなかったが……こうなったら、致し方ないか……」


 ガリアが何か覚悟を決めるように呟いた、まさにそのときだった。

 突然、暴れ回っていた魔物たちが一斉にその動きを止めた。


「何だ……? 何が起こった?」


 訝るガリアの前で、魔物が次々と踵を返していく。

 そして魔境の森に向かって、一斉に走り出した。


「森に……戻っていく……?」


 まるで波が引いていくかのように、都市を襲っていた魔物が魔境へ撤退していったのである。

 まったく予期していなかった結末に、ガリアは呆然とその場に立ち尽くすしかない。


「何が起こった……? そういえば……先ほどからずっと、森の方から聞こえていた轟音が……収まっている……?」






 その後、しばらく厳戒態勢を敷いていたが、再び魔物が森から押し寄せてくることはなかった。


「一体何だったのだ……? 調査団によれば、今回のことで森の勢力図が大きく変わったそうだが……結局その原因は分からないまま……」

「それでも、無事に都市を護ることができて助かりましたわ。ブレイゼル家の面目も保たれましたし」

「そうだな。やはりこの地の守護には我が家の力が必要だと、王家も再認識したに違いない」


 そんなふうに当主夫妻が頷き合っていたときだった。

 彼らに驚くべき情報がもたらされたのは。


「なに? レウスという名の赤子が、ベガルティアにいるだと? まさか……」

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