第133話 ここまで成長するなんて
その漆黒の狼は驚愕と共に立ち尽くしていた。
『まさか、あの化け物と互角にやり合ってるなんて……大言壮語じゃなかったんだねぇ……』
魔境の森の南の主として君臨するルナガルム。
そんな彼女ですら、両者の戦いに割って入ることは不可能に思えた。
巨体を誇るフェンリルでも、その動きを目で追うだけで精いっぱいなのである。
身体の小さなレウスに至っては、もはやどこにいるかも分からない。
両者が激突する度に凄まじい轟音が響き渡り、衝撃波が周囲の巨樹を大きく撓ませる。
戦いに巻き込まれないよう、彼女は何度も後退して距離を取った。
『あの赤子が、この短期間にここまで成長するなんて……。いや、身体の方はほとんど変わらないっていうのに……本当に一体、何なんだい、あの子は……』
強力な武具によるサポートを受けているとはいえ、とっくに自分を超えてしまったと確信するルナガルム。
『とんでもない赤子と出会ってしまったもんだね……』
しかも勝手に母親のように慕われるわ、勝手に召喚獣にされているわ、正直言って、非常に迷惑である。
それでも、なぜか憎めないのだ。
『……負けるんじゃないよ、レウス』
小さくエールを送るルナガルム。
それが伝わったのか、やがてフェンリルの動きが止まった。
◇ ◇ ◇
「~~~~ッ! ~~~~ッ!」
急に身動きが取れなくなったことで、フェンリルが慌てている。
その巨体を黒い鎖が雁字搦めにしていた。
「千切ろうとしても無駄だよ」
「~~~~ッ!」
時間をかけて、じっくり全身に鎖を絡ませていったのだ。
動き回るからかなり苦戦したぞ。
もちろん途中でバレてはいけないので、細心の注意を払う必要もあった。
『戦いながらこのような工作をしていたとは、さすがですね、マスター』
「まともに戦っていたら明らかに分が悪いからな。端からこれを狙っていた」
鎖は地面と繋がっているので、その場から逃げることもできない。
フェンリルといえど、これではもはや袋のネズミである。
「グルルルルッ!」
「とりあえず大人しく眠っていな」
「ッ……グルル……グル……」
睡眠魔法によって強制的に眠らせようとする。
興奮していることもあってなかなかしぶとく、数十分は必死に耐え続けていたが、やがて限界が来たようで、フェンリルはその場に倒れ込んだ。
『倒したのかい?』
『かーちゃん。うん、見ての通り、なんとかね』
『こんな化け物を本当にやっつけちまうとはねぇ……』
『搦め手だったけど』
『それで、こいつをどうするつもりだい? トドメを刺すのかい?』
トドメを刺すなら手伝うぞ、という目で見てくるかーちゃん。
俺は首を横に振った。
『殺すのはちょっと待って。とりあえず、フェンリルがこんな状態になってる原因を調べてみたいから』
明らかに普通の状態ではなさそうだった。
リントヴルムが言う。
『見た感じ、狂化状態になっているように思います』
「うん、その可能性は高そうだね」
狂化。
簡単に言うと理性を失っている状態のことだが、その原因は様々だ。
だが状態異常の一種なので、治癒魔法で回復する可能性がある。
俺は眠っているフェンリルに、エクストラヒールを使った。
治癒の光がフェンリルの全身を包み込む。
「これでどうだ?」
『どうでしょう? いったん起こしてみては?』
俺は覚醒魔法を使う。
フェンリルがブルブルっと大きな身体を震わせた。
ゆっくりと瞼が開く。
その瞳には、先ほどまではなかったはずの理性の光らしきものが伺えた。
『我は一体……? む? これは……』
身動きが封じられていることに気づいて、訝しそうにするフェンリル。
『覚えてないの? 狂化状態になって、暴れまくってたんだけど』
『人間の赤子? この鎖はお主が? むう、言われてみれば、微かに記憶が……』
ちゃんと話が通じる。
どうやら理性を取り戻してくれたようだな。
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