第124話 気味が悪ぃな

「申し訳ありませんっ! ミーナと一緒にいたレウスくんも、連れて行かれてしまったようでして……っ!」


 血相を変えて部屋にやってきた宿の女将。

 慌てて彼女が告げたその内容に、ファナとアンジェの二人は互いに顔を見合わせる。


 そろって「それなら何の問題もないわね」という顔だった。

 しかしそんな二人の様子に気づくこともなく、女将は続けた。


「娘を返してほしければ身代金を持って来るようにと、犯人からと思われる手紙が置かれていたのです……っ! きっと犯人は前々からミーナのことを狙っていたのでしょう……レウスくんはそれに巻き込まれてしまって……ああ、なんとお詫びしたらいいのか……」


 どうやらレウスが一緒に連れ去られたことを謝罪しているらしい。

 自分の娘が攫われたというのに、なかなかのプロ精神である。


「ん、大丈夫。むしろ一緒でよかった」

「え?」

「そうね。レウスが一緒だし、そのうち無事に帰ってくるわよ」

「そ、それはどういう……?」



   ◇ ◇ ◇



 俺とミーナが連れて行かれたのは、ボロボロの一軒家だった。

 大量の埃やあちこちに張られた蜘蛛の巣から考えて、恐らく普段は誰も住んでいない空き家だろう。


 まだ眠ったままのミーナは両手足を縛られている。

 俺はどうせ赤子だから何もできないと思われているのか、そのままの状態で床に転がされていた。


 男たちのやり取りが聞こえてくる。


「ほ、本当にこれで大丈夫なんだろうな?」

「なぁに、心配は要らねぇよ。あの宿はかなり稼いでるはずだからな。可愛い一人娘を助けるためなら、金くらい幾らでも出すはずだ」


 どうやら身代金目的の誘拐のようだ。

 二人の様子から考えるに、初犯かもしれない。


「しかし、何なんだ、あの赤子は? まったく泣く様子もねぇぞ?」

「それに、こっちをずっと観察しているような……」

「ちっ、気味が悪ぃな」


 男の一人が舌打ちしながらこっちに近づいてくる。

 そうして俺の頭を足の裏で踏みつけてきた。


「あうあー」

「何だ、このガキ? これでも泣きやしねぇぞ?」

「お、おいっ、殺すなよ? 殺したら身代金を取れなくなるぞ」

「殺しはしねぇよ。まぁ、偶然だったが、二人連れてこれたのは好都合だ。恐らくこの赤子は宿の客の子供だろう。身代金と交換する際、もし何か余計なことしてきやがったら、こっちの赤子は確実に死ぬと脅しておけばいい」

「なるほど、それなら向こうも大人しく金を渡すしかないな」


 と、そのときミーナが目を覚ましたようだ。


「ん……ほえ? ここは……?」

「ふん、起きたか」


 キョロキョロと周囲を見渡した彼女は、ここがまるで見知らぬ場所だと分かって泣きそうになるミーナ。


「……ぱぱやままは……?」

「会いたかったら大人しくしてろよ? さもないと、二度と会うことができなくなっちまうぜ?」

「っ……」


 子供ながらにこの状況が何となく理解できたのだろう、完全に怯えてしまった。

 可哀想なので、俺はよしよしと頭を撫でてあげる。


「あうあー」

「れうすくん?」


 それから俺は身体の向きを変えると、男たち目がけて勇ましく突進していく。

 ……ただのハイハイだが。


「あうあうあー」

「な、何だ、こいつ!?」

「赤子のくせに立ち向かってきやがった!?」


 迫りくる赤子に驚愕しながらも、男が慌てて蹴りを放ってきた。


「あうあっ」


 腹を蹴られた俺は、宙を舞って壁に叩きつけられる。

 そして次の瞬間、


「れうすくん!? よくも、れうすくんを!」


 ブチブチブチブチッ!

 憤ったミーナが、全身を縛っていた縄を力任せに引き千切っていた。


「「……は?」」


 これに唖然としたのは男たちだ。

 まさか非力な幼女が、縄を強引に千切ってしまうとは思ってもみなかったに違いない。


 まぁ、先ほど頭を撫でたときに、こっそり身体強化魔法を使い、体力を数十倍に強化してやったからなのだが。


「ゆるせない!」


 さあ行け、幼女。

 犯人たちをやっつけろ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る