第123話 大人しくしてやがれ
「申し訳ありません。ミーナったら、レウスくんのこと気に入ってしまったようでして……。末っ子だから、お姉ちゃんぶりたいのでしょうか」
「ん、気にしないでいい」
申し訳なさそうに謝っているのは、俺たちがこの街に来てからずっと世話になっている宿の女将さんだ。
彼女の娘ミーナは、俺をごく普通の赤子だと思っていて、宿で見かけるたびに抱っこしようとしてくるのである。
ちなみにそれなりの高級旅館だ。
「れうすくん、またちょっとおおきくなったね!」
「あうあー」
最初に会ったときはまだ生後三か月くらいだったからな。
それが今やもう生後五か月である。
そろそろ普通に喋ったり歩いたりし始めても、おかしくないかもしれない。
『マスター、さすがにまだまだ早いかと』
うーん、まだダメなのか。
「れうすくん、みーなとおさんぽしよ!」
「あうあー」
ミーナは俺を抱えたまま歩き出す。
それを女将さんが咎めた。
「こら、ミーナ、危ないでしょ!」
「心配要らない」
「でもまだ五歳で、抱っこしてるときに落としてしまったら大変ですし……」
「落としても大丈夫」
「え?」
そんなはずはないだろう、という顔をする女将さん。
この宿にいる間、俺は普通の赤子を演じ続けているのだ。
「建物からは絶対に出ちゃダメよ。いいわね、ミーナ」
「はーい!」
そう娘に言い聞かせて、女将さんは仕事へと戻っていく。
俺はそのままミーナに抱えられ、宿の中を歩き回ることとなった。
ファナとアンジェは部屋に戻ったようで、二人切りの散歩である。
「こっちがみーなたちのおうち!」
そのうち宿と隣接した家の方へと連れて行かれる。
部屋や風呂、トイレなどを順番に紹介された後、よぼよぼの爺さんが椅子に腰かけている部屋へ。
「みーなのひーおじーちゃん!」
「ミーナや、どうしたんじゃ? ……その赤ん坊さんは?」
「えっとね、みーなのおとうとのれうすくん!」
勝手に弟にされていた。
「お客さんのお子さんかのう? ミーナ、怪我だけはさせんようにの?」
「だいじょうぶだよ、ひーおじーちゃん!」
ミーナは自信満々に宣言しながら部屋を出る。
……本当はさっきから何度も落ちそうになっているんだけどな?
俺の方から抱き着くことで難を逃れているし、何ならわざわざ魔法で体重を軽くしてあげているくらいだ。
五歳の子供に長時間、五か月の赤子を抱え続けるのは難しいのだろう。
しかし十年後くらいだったらよかったのにな。
女将さん結構大きいし、ミーナも将来的には良い感じの発育を遂げる可能性があった。
そんなことを考えていると、いつの間にかミーナは家の庭に出ていた。
そこへどこから入って来たのか、二人組の男が近づいてくる。
「こいつがここの娘か?」
「ああ、間違いないはずだ」
「おじさんたち、だれー?」
ミーナが首を傾げた次の瞬間、男が飛びかかり、手で無理やり口を塞いだ。
「んんんんっ!?」
そのままミーナを抱え上げると、庭から一目散に逃げ出す。
「いでっ!? てめぇ、噛みやがったな!? このガキがっ、大人しくしてやがれ!」
「っ!」
あっ、こいつ幼女を殴りやがった。
ミーナが気を失ってしまう。
酷い野郎だ。
俺はこっそりミーナに治癒魔法をかけてやった。
「おい、よく見たら知らん赤子が付いてきてるぞ?」
「一緒に連れていきゃいいだろ。上手くいけば、こいつからも身代金を取れるかもしれねぇ」
「それもそうだな。……しかしその赤子、娘が気絶したってのに、どうやってくっ付いてんだ……?」
◇ ◇ ◇
「た、た、た、大変じゃ……っ! ミーナがっ……ミーナが……っ!」
娘が男たちに攫われる瞬間を目撃してしまったその老人は、慌てながらもよろよろと立ち上がった。
弱った足腰のせいでほとんど歩けなくなっていたが、必死に老骨に鞭を打って家族が経営している旅館へと急ぐ。
「あら、どうしたのかしら、おじいちゃん?」
「大変なのじゃ! ミーナがっ……ミーナが攫われてしもうたのじゃ!」
「えええっ!?」
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