第117話 心外ですね

 巨体が地中から姿を現す。


 それはドラゴンゾンビの身体で、アンデッドの巨人の上半身をその背に乗せている。

 さながらケンタウロスのようだった。


 そのドラゴンの下半身によって謎の赤子を飲み込んだ魔族は、呟く。


「人間にしては、なかなか興味深い赤子ではあったな。後で我が配下のアンデッドに加えてやるとしよう」


 それから街の方へと目をやった。


「……しかし奇妙だな? いつの間にか古竜がいなくなっている? だが、私が用意したアンデッドの大部分が全滅してしまったか。さすがに再生するのに骨が折れそうだ。……いや、せっかくこの姿になったのだ。自ら暴れるのも悪くないかもしれんな」


 そうして街の方へと向かおうとしたときだった。


「む? どういうことだ? 下半身が動かない?」


 下半身を形成するドラゴンゾンビが思うように動かなくなり、首を傾げる魔族。


「アアアア……ッ!」


 ドラゴンゾンビが苦しげに悶え、口を開けた。

 と同時に、煌々とした光が漏れ出る。


「こ、これは……っ? 浄化の光……? まさかっ……」

「オアアアアアアアッ!?」


 ドラゴンゾンビが魔族の制御を無視して暴れ出す。


 ドボオオオンッ!!


 さらには腹の一部が爆ぜ、そこから浄化の光を纏う小さな影が飛び出してくる。


 先ほどの赤子だ。

 しかしその手には、いつの間にか巨大な剣が握られていた。


「……ふう。助かったよ、リントヴルム」



   ◇ ◇ ◇



 ドラゴンゾンビに呑み込まれた俺は、腐り切った食道を転がり落ちながらも、周囲に結界を張った。


「うわ、結界がどんどん浸蝕されてく」


 だがその結界も、ドラゴンゾンビの胃液――ほとんど猛毒と化している――によって、いつまで持つか分からない。


「腐ってもドラゴンだし、強引に腹を破って脱出、というのは簡単じゃないか。浄化するのも時間がかかるだろうし……」


 バハムートが手元にあればまた違ったのだが。

 外のゾンビを片づけるのに使ってしまった。


「打つ手なし……と、見せかけて」


 俺は亜空間の中から、じゃーん、とその杖を取り出す。


「おはよう、リンリン。そろそろ覚醒のときだよね?」

『……』

「あれ? リンリン? おーい」

『……』

「返事がない? おかしいな? もう十分、眠ったと思うんだけど? ていうか、リンリンがもうすぐ起きると思って、だからバハムートを置いて来たんだけどさ?」


 リントヴルムがうんともすんとも言わないので、少しだけ焦ってきた。


「ちょっ、ちょっと待って? これ、ピンチじゃない? うーん……口から脱出するのは無理だろうし……もしかして、最終手段の肛門ルートしかない? 俺は小さいからいいけど……リンリンがつっかえちゃうかも?」

『そこは亜空間に仕舞っておいてください!』

「何だ、やっぱり起きてんじゃん」

『……マスターが何度言っても呼び方を直していただけないからです』


 相変わらずリンリン呼びが気に喰わないらしい。

 可愛いと思うんだけどなぁ。


「分かったよ、リントヴルム。見ての通り軽くピンチだから、力を貸してくれ」

『了解です』


 リントヴルムが口を開き、光のブレスを放った。


 元々は聖属性の古竜であったリントヴルムだ。

 そのブレスもまた聖属性を帯びている。


 そんなものをアンデッドが体内から喰らえば一溜りもない。

 ドラゴンゾンビが猛烈に暴れ出した。


「よし、リントヴルム、剣モードだ」

『了解です』


 そこで杖から剣へと切り替えると、ブレスを浴びて弱った腹を内側からぶち破った。

 もちろん剣そのものが聖属性なので、通常以上の威力になる。


 ドボオオオンッ!!


 そのまま勢いよく外へと飛び出すと、ドラゴンゾンビは悶え苦しみ、巨人の額に埋まった魔族は愕然としていた。


「い、生きていたというのか……っ!? しかも何だ、その剣は……っ!?」

「さーて、形勢逆転だね」

「や、やめろっ……来るなっ……そ、そいつを私に近づけるなぁ……っ!」


 アンデッド化した魔族にとって、リントヴルムは天敵と言える存在だ。

 それを本能的に理解しているのか、魔族はガクガクと恐怖で歯を鳴らす。


『心外ですね。近づきたくないのは、むしろわたくしの方です』

「ひっ……ひいいいいいいっ!」


 背を向けて逃げ出そうとするアンデッドの巨人だが、悲しいかな、下半身のドラゴンゾンビが制御不能な状態だ。

 俺は地面を蹴って跳躍すると、大上段から巨人の頭目がけてリントヴルムを振り下ろす。


「や、やめっ……がああああああああああああああああっ!?」



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