第109話 良い怨念だ

 ギルド前の広場。

 そこで今まさに、一人の罪人が柱に括り付けられ、刑に処せられようとしていた。


 元副ギルド長のエルフ、モルデアである。

 反冒険者ギルド組織リベリオンの幹部でありながら、ギルドを欺いて要職にまで就いていた彼の罪は重い。


 もちろん死刑判決である。


「早く殺しちまえ!」

「魔薬流布の張本人め!」

「この極悪人がっ!」


 それも見せしめのために公開処刑だ。

 その様子を一目見ようと広場に集まった大勢の人々が、そのエルフに罵声を浴びせている。


 中には石を投げる者もいて、それが幾度かモルデアの身体に直撃した。


「~~っ! ~~っ!」

「最後に一言だけ、喋ることを許してやろう」


 そう命じたのは、立会人を務めるギルド長のアークだ。


 モルデアの口を封じていた猿轡が外される。

 その瞬間、モルデアは涙ながらに叫んだ。


「ど、どうかっ! どうか、許してください……っ! 犯した罪は生涯を賭して償います! ですからっ……どうか命だけはがぁっ!?」


 モルデアの頭に石が直撃する。


「この期に及んで命乞いか!」

「てめぇの魔薬のせいで知り合いが廃人になっちまったんだ!」

「死んで罪を償いやがれっ!」


 さらなる怒声が飛び交う。

 モルデアが犯した罪は、すでに市民にまで広く知られ、凄まじい怒りを買ってしまっているのだった。


「……やれ」

「ぎ、ギルド長おおおおおおおおおおっ!?」


 アークが容赦なく合図を出す。

 すると処刑人が魔法を発動した。


 放たれた炎の塊がモルデアに直撃する。


 しかしたかが魔法の一発だ。

 魔法耐性の高いエルフが、この程度で死ぬことはない。


 だがそれから二発目、三発目と、火魔法が次々と撃ちこまれていく。

 罪人の苦痛を長引かせるために、あえて致死レベルの魔法を避け、少しずつ焼かれていくのだった。


「や、やめろっ! やめてくれぇっ! わたくしはっ……まだ死にたくない……っ!」


 炎の中で悶え苦しみながら、必死に訴え続けるモルデア。

 無論、誰もそれを聞き入れるものなどいない。


 それから処刑は一時間にも及んだ。

 やがて美しいエルフの身体は黒く焼け焦げ、見るも無残な姿となってしまう。


 それもしばらくの間は、見せしめのためにその場に放置され続けるのだった。








 真夜中。

 すっかり人気のなくなったギルド前の広場に、変わらずそのエルフの死体はあった。


 そこへゆっくりと近づいていく怪しい一つの影。


「……ああ、良い怨念だ」


 影は嬉しそうに呟く。


「加えてエルフで、高位の魔法使い。これは素晴らしい素体になるだろう」


 その陰から禍々しい魔力が噴出し、それがエルフの死体を包み込む。

 すると焼け焦げた身体がボロボロと崩れていく。


 やがて闇夜に姿を現したのは、骨だ。

 眼球を失った眼窩の奥に、ボウッ、と青い炎が灯る。


「さあ、目覚めよ。これより貴様は我が忠実なるしもべ。我が命に応じ、この忌まわしき都市を滅ぼすがよい」

「……御、意……」


 骨が動き出す。

 その行先は冒険者ギルドだ。


「ん? 何だ? 今、何か通らなかったか?」

「いや何も。気のせいじゃねぇか?」


 闇に紛れて門を通過していくその骸骨に、衛兵たちは気が付かない。


 しばらくして元エルフが姿を現したのは、少し前まで彼も収容されていたギルド内にある監獄だった。


「っ!? 何だっ?」


 重罪人が入る最奥の独房。

 そこで不穏な気配を感じ取ったか、粗末なベッドの上で飛び起きたのは、リベリオンのリーダー、ゼブラである。


 彼もまた死刑の判決を受け、その執行を待つばかりの状態だった。


「っ……アンデッドっ!?」


 突如として独房内に出現した謎の骸骨に身構えるゼブラ。


「どうなってやがるんだ!?」

「……ゼブ、ラ……わたくし、です……」

「この魔力……ま、まさか、モルデアか!?」

「あなた、も……偉大な、る……あのお方……のため、に……不死者と、なる……の、です……」

「な、何を言ってやがる!? ま、待てっ! ち、近づくなっ……」

「怖れる、ことは……何も、ありま……せん……どのみ、ち……あなた、も……処刑……され、て……死ぬの、です、から……」

「や、やめろっ! あ、ああああっ! ああああああああああっ!?」


 独房内に絶叫が轟き、やがて静かになった。







 この街を統治しているのが、冒険者ギルドである。

 そのためギルド内には広大な監獄施設が存在しており、そこにはリベリオンの構成員たちだけではなく、この街で事件を起こしたすべての犯罪者たちが捕らえられていた。


 そんな犯罪者たちが全員、突如としてアンデッドと化して暴走。

 冒険者ギルドを乗っ取ってしまうまで、そう長くはかからなかった。

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