第104話 永遠に不可能だと思うわ

「お姉ちゃんたち、戻ったよー」


 六十階層から三十階層へと一気に上ってきた。


 三十階層で待っていたファナとアンジェの二人には、俺が作った結界の中へと入ってもらっていた。

 出入り自由で、中にいると回復効果に隠蔽効果のある便利な結界である。


 この結界を拠点とすれば、周辺を探索するくらいは問題ないはずだった。


「早くない!? 本当に六十階層に行ってたの?」

「もちろん行ったよ。ほらこれ、六十階層で採れたミスリル鉱石」


 キラキラと輝く高純度のミスリル鉱石に、二人そろって目を丸くする。


「確かにこの階層で採れたのと全然違うわね」

「ん。凄い魔力を感じる」

「でも、これはギルドに納品しない方がよさそうね……」

「え? どうして、アンジェお姉ちゃん?」

「……目立ちたくないんじゃなかったの? ギルドも、こんな純度のミスリル鉱石なんて想定していないはずよ。だいたい六十階層でしか手に入らない時点でおかしいでしょ。Aランク冒険者でも、推奨階層がギリギリ四十階層までって言ったでしょうが。多分、六十階層まで行ける冒険者なんて、世界でも数えるほどしかいないわよ」

「そうなんだ。でも、六十階層で普通に人を見かけたけどなー」


 ちょうど階段のところですれ違ったのだ。

 ソロのようだったし、そんなに珍しいことでもないのかと思ったのだが。


「じゃあ、お姉ちゃんたちが採ってきたってことにしようよ」

「人に押し付けないでくれるかしら……」


 ダメらしい。


 アンジェの言う通り、このミスリル鉱石はギルドには納品しないことになった。

 その代わり三十階層で採れた低品質のものを出すとしよう。


 高品質のミスリル鉱石は直接、鍛冶屋に持ち込むことにした。

 冒険者の聖地と言われるこの都市なら、腕のいい鍛冶師も多くいることだろう。







 地上へと戻ってきた俺たちは、そのままAランク冒険者の受付窓口へ。

 そこでミスリル鉱石に加えて、道中で入手した他の依頼の素材なども一緒に提出する。


「こ、これだけのミスリル鉱石を、こんな短期間で……しかも他の依頼まで……」


 驚愕している受付嬢のお姉さん。

 低純度だし、数も壁を数か所くらい壊して採取した程度だし、大したことないと思うんだが。


 アンジェがひそひそ声で耳打ちしてきた。


「……ほら、言ったでしょ。これであんたが採ってきたミスリル鉱石なんて出したら、とんでもない騒ぎになってたわよ」

「うーん、そうみたいだね。助かったよ、アンジェお姉ちゃん」


 少しずつ今の世界の常識を学習していかないとな。


「僕、頑張って常識的な赤子になるよ」

「それはもう永遠に不可能だと思うわ」


 依頼の報告を終えた俺たちは、鍛冶師の元へ向かうことに。

 受付嬢に訊くと、何人か腕のいい鍛冶師の名前を教えてくれた。


 その中でも、この街で随一の腕前を持つという人物のところへ。

 かなり気難しく、客を選ぶことから、冒険者ギルドでもごく一部の冒険者にしか紹介していないという。


「いかにも職人って感じね」

「ん、期待できそう」


 やってきたのは、街の中心から外れた一画。

 ボロボロの家屋が雑多に建ち並び、見かけるのはみすぼらしい衣服の人たちばかりだ。


「スラム街?」

「そのようね。こんなところにその腕のいい鍛冶師がいるのかしら?」


 地図も描いてもらったので、間違ってはいないはず。

 と、そのときどこからともなく怒鳴り声が聞こえてきた。


「何だと!? 俺様の剣が打てねぇってどういうことだ!?」

「どうもこうも、さっき言った通りだ。お前さんじゃ、アタシの剣を扱うのに実力不足だってんだよ」

「っ……俺様が実力不足だと!? 剣を作るだけのたかが鍛冶師風情に、俺様の何が分かるってんだ、ああ!? ごちゃごちゃ言ってねぇで、てめぇは大人しく剣を打ってりゃいいんだよ!」


 古ぼけた工房のような建物の中からだ。

 何やら揉めているらしい。


 大丈夫だろうかと思って中を覗こうとしたとき、男が吹き飛んできた。


「がぁっ!?」


 遅れて片目を眼帯で覆った女性が姿を現し、地面に転がった男に言い放つ。


「二度とアタシの前に顔を見せるんじゃねぇよ、タコが」

「ひぃっ……」


 男は慌てて立ち上がると、逃げるように去っていった。


「ええと……地図の場所はここだけど……」

「あの人が鍛冶師?」

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