第103話 今のはきっと幻覚だ

 ファナとアンジェの二人を三十階層に残して、俺は更なる下層へと挑んでいた。


「グルアアア――――ア?」


 バハムートに跨り、高速飛行しながら一気に進んでいく。

 立ちはだかる魔物は悉く無視して、その脇を通り抜けていった。


 そうして四十階層、五十階層と踏破し、やがて目標の六十階層へと辿り着く。


「よし、この魔力濃度。ここなら純度の高いミスリルが手に入りそうだな」


 周囲に漂う魔力の濃さに満足して俺は頷いた。


「「シャアアアアアッ!!」」

「っと、さすがに魔物もなかなか強力みたいだな」


 襲いかかってきた双頭の蛇の牙を躱しながら、階層の奥へと飛翔する。


 しばらく階層内を捜索していると、やがてそれらしき輝きを発見した。


「ミスリル鉱石だな。うん、明らかに輝きが違う。90%近い純度がありそうだ」


 壁からそれを取り出して軽く鑑定すると、先ほど三十階層で見つけたものとは段違いの品質だった。


「バハムート、壁に向かってブレスを頼む」

『りょうかああああいっ!』


 バハムートの竜頭が口を開き、漆黒のブレスを放つ。

 この階層の壁はちょっとやそっとじゃ壊せないからな。


 ズドオオオオオオオオオオオオオオンッ!!


 轟音と共に壁が粉砕される。

 瓦礫の中を探ると、次々と高純度のミスリル鉱石が見つかった。


「よしよし、大漁大漁♪」


 と、そうした中に、黒光りする石を発見する。


「これって、もしかして……」




    ◇ ◇ ◇




 私の名はバザラ。

 Aランクのソロ冒険者だ。


 ここ『ベガルティア大迷宮』に潜って、すでに半年が経っている。

 階層を深く潜るたびにその難易度を増していくこのダンジョンに、単身でこれほど長期にわたって挑むなど、多くの冒険者たちはきっと無謀と断じることだろう。


 実際、冒険者ギルドにも止められたしな。

 今頃はすでに私が死んでいると思っているかもしれない。


 だが、途中で幾度となく命の危機を感じる状況に遭遇したものの、今もこうして元気に探索を進めていた。

 階層もついに、あと一歩で六十階層にまで到達しようというところだった。


 過去の記録では、ソロ冒険者での最高記録が五十五階層だという。

 私はそれを凌駕し、さらなる大記録を打ち立てようとしているのだ。


「これほどの実績だ。無事に帰還できれば、Sランクへの昇格も見えてくるかもしれないな。……いや、余計なことは考えるな。最後まで気を抜かず、今この瞬間に集中するべきだ」


 湧き上がる功名心を抑え、冷静になる。


 この階層に出没する魔物の危険性を考えると、ちょっとした油断が命取りになりかねない。

 もちろん罠にも細心の注意を払わねば。


 広大な階層内の、どこに次の階層へと降りる階段があるのか分からない。

 そのため迷わないよう簡単に地図を作りつつ、とにかく歩き回って探し続けるしかなかった。


 そうして五十九階層を数日がかりで探索した私は、ついにその階段を発見した。


「っ! 見つけた……っ!」


 私は逸る気持ちを抑えながら、六十階層へと続くその階段を降りていく。

 ソロでは前人未到の六十階層。


「ここが……六十階層……」


 感慨深い想いと共に、最初の一歩を踏み降ろしたときだった。


「あ、どうもー、こんにちわー」


 前方から杖に跨った赤子がこちらに飛んできたかと思うと、そんな気軽な挨拶を残して、私のすぐ横を通り抜けていった。

 そのまま階段を上って、五十九階層へと去っていく。


 しばらく何が起こったのか理解できずに立ち尽くしてから、私は叫ぶ。


「先を越されたあああああああああああっ!? というか、赤子!? 赤子がなぜこんな階層に!? それに普通に喋っていたぞ!?」


 口にしてみても、何一つとして理解ができない。

 とても現実とは思えなかった。


「い、いや……そうか……今のはきっと幻覚だ……。それはそうだよな……こんなところに、空飛ぶ人間の赤子がいるわけがない……。どうやら私は疲れているようだ……」


 どうやら自分が思っていた以上に、疲労が蓄積していたようだ。

 目標の六十階層に辿り着いたことだし、そろそろ引き返して地上に戻ることとしよう。

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