第91話 好都合だから

「アイテムボックス!?」

「そんな大容量のアイテムボックス、見たことも聞いたこともないぞ!?」


 思ったより仰天されてしまったが、適当に誤魔化しておけばいいだろう。


「たまたま偶然、運よく手に入っただけだよ」

「「「なんか嘘くさい……」」」


 あれ?

 なぜか疑いの目が……。


「と、とにかく、早く地上に戻ろうよ! この階層、いるだけで体力奪われちゃうからね!」


 そうして元来た道を引き返す。

 だがその道中、十六階層あたりのことだった。


「ねぇねぇ、試験官さん。僕たち、付けられてるよ」

「何?」


 俺が小声で指摘すると、ゲインが眉根を寄せた。


「十人ぐらいかな? たぶん、こいつの仲間だと思う」

「仲間を助けに来たのか」


 警戒する中、しかし先に対処するべきことができてしまう。


 前方に魔物の群れが出現したのである。

 この階層によく出没する危険度Bの魔物トロルだ。


「「「ウオオオオオオオッ!!」」」


 身の丈三メートルを超す巨漢で、その怪力で棍棒を振り回しながら襲い掛かってくる。

 基本は単体のことが多いが、このときは全部で三体もいた。


 こちらもすぐに迎え撃とうとするが、


「待って。奴らも動き出したみたい。この機会に、僕らを挟み撃ちにするつもりだね」


 元より魔物と遭遇するタイミングを狙っていたのだろう。

 直後、道の反対側から十人ほどの集団が姿を現した。


「ちっ……厄介なタイミングに……」

「もしかしてピンチじゃないー?」


 焦る試験官たちに、俺は言った。


「こっちは僕たちに任せておいてよ」

「どういう連中なのか、検討も付かない相手だ。たった三人だけでは……いや、君たちに任せよう」


 一瞬反論しかけたゲインだったが、すぐに思い直したように言い直す。


「まー、この子たちなら大丈夫でしょー」


 エミリーもそれに同意し、背後の集団はファナとアンジェが、そしてトロルは彼ら試験官たちと残りの受験者たちが対応することとなった。


「じゃあ、頑張ってね、お姉ちゃんたち」

「って、あたしたちだけで戦うの!?」

「うん。僕はさっきので疲れちゃったから」

「ん。任せて、師匠」

「あ、ちょっと!」


 怖れることなく集団へと突っ込んでいくファナ。

 アンジェは慌ててその後を追う。


 その間、俺はというと、この隙にこっそり縄を解いて逃げようとしていた男のところへ。


「逃げようとしても無駄だよ、おじちゃん?」


 他は誰も気づいていなかったようだが、俺にはバレバレである。


「~~っ! さ、さっきから、てめぇは一体、何者なんだよ!? どう考えてもただの赤子じゃねぇだろ!」

「え? ただの赤子だけど?」

「嘘を吐くんじゃねぇっ! 赤子が喋ったり空飛んだりレッドドラゴン倒したりするかぁっ! クソがっ!」


 縄を振り解き、男は魔法を唱えようとする。

 エミリーに魔法封じを受けていたはずだが、それも密かに解除していたようだ。


「アイスニードルっ!」

「ほいっと」


 降り注ぐ氷針の雨を、俺は軽く魔力の膜を張って防ぐ。

 パリンパリンと氷が割れる音が響いた。


「ほら見ろっ! 赤子がそんな容易く俺の攻撃魔法を凌げるかっ!」

「いいから、大人しく捕まってなよ」

「むぐっ!?」


 落ちていた縄を魔力で操作し、男の口を塞ぎつつ全身を締め上げてやった。

 意識を喪失して、地面に倒れ込む。


 一方その頃、ファナたちは襲撃者たち相手に苦戦していた。


「こいつら、それなりにできるわっ!」

「ん。しかも連携してくる」


 個々の技量もさることながら、集団戦闘にも慣れている印象だ。

 明らかにただの賊ではない。


 まぁただの賊がダンジョン内にいるはずもないが。


「くっ……何なんだ、この小娘どもは!?」


 とはいえ、向こうは向こうで、たった二人を相手に手間取っていることに焦っている様子だ。


 その間に、トロルが一体また一体と倒され。

 さらに捕まっていた男が逃走に失敗したことも知って、


「ちっ、撤退だ、撤退っ!」


 リーダー格の指示を受け、波が引くように逃げていく。


「待ちなさい!」

「追わなくていいよ、アンジェお姉ちゃん」

「~~っ!?」


 追撃しようとするアンジェの胸に張り付いて制止する。


「むしろ逃げてくれた方が好都合だから」

「……どういうことよ?」

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