第90話 時間切れしてるから

「あんたが結界を張った犯人ってわけね?」


 縄で縛られたその男を睨みつけ、アンジェが問う。


 三十前後くらいの男だろうか。

 先ほどの魔法の発動速度から考えて、それなりに戦い慣れしているようだ。


 まぁそうでなければ、ダンジョンをここまで潜ってくることなどできないだろうが。


「多分それだけじゃないよ、アンジェお姉ちゃん。あのレッドドラゴンが強化されてたことにも、関与してると思うよ」

「レッドドラゴンの強化? そんなこと、人為的に可能なものなの?」

「うん。幾つかやり方はあるけど、一番簡単なのは魔石を食べさせることだね」


 魔石というのは、魔力濃度の濃い場所で採ることができる強い魔力を帯びた石のことだ。

 魔物の体内にも作られるのだが、魔物がこれを体内に取り込むと、凶悪化したり、時には進化したりするのである。


 魔物の中には、積極的に魔石を喰らって成長していく個体も存在していた。


 ただ、魔石を口にすることを嫌がる魔物も多い。

 蓄えられた魔力と、自分の魔力の相性が悪い場合、身体に悪影響が出てしまうせいだ。


「だけど、少し処置を施せば、その魔物が好む魔石に変えることが可能なんだ。そうやってレッドドラゴンが好む魔石を大量に用意して、食べさせたんだと思う」

「そんな方法が……」

「さすが師匠。博識」


 感心するアンジェたちに対して、エミリーが横から突っ込んでくる。


「そ、そんなやり方、聞いたこともないんだけどー?」

「適当に言っている……というわけではなさそうだな」


 ゲインが頷いたのは、捕えた男が「なぜそれを……?」という顔をしていたからだ。


 ……というか、これくらい知ってる人がいてもおかしくないと思ってたんだけど?

 どうやら今の時代では一般常識ではないらしい。


「ただ、一番簡単と言っても、魔石を用意するのが面倒だけどね。レッドドラゴンを強化しようと思ったら、一人じゃ大変過ぎる。単独犯ってことはないと思うよ」

「つまり、組織だっての犯行ってことね。あんた、そろそろ白状しなさい!」


 アンジェが問い詰めるが、男は先ほどから無言のままだ。

 梃子でも話す気はないらしい。


 ゲインが提案した。


「ひとまずギルドに戻るとしよう。それから拷問で吐かせばいいだろう」

「そうだねー。ここじゃ落ち着けないしー。あ、でも、あの結界、どうしたらいーの?」


 唯一の出入り口を塞ぐ結界のことを思い出して、エミリーが眉根を寄せる。


「心配ないよ。この結界、多分もう時間切れしてるから」

「時間切れ? どういうこと、師匠?」

「結界魔法の基本的な技術の一つだよ。一定時間で強度が激減しちゃう代わりに、その時間だけ通常の何倍もの強度にさせるんだ。ほら、この通り」


 俺が軽く結界を蹴ると、パリンッ、と結界は呆気なく砕け散ってしまった。


 この結界もあらかじめ用意していたものだろう。

 そして俺たちが通り過ぎた瞬間に、捕えた男が発動させたと推測できる。


 ちなみに俺は男の存在に最初から気づいていた。

 隠蔽魔法を使っていようと、俺の索敵魔法にかかれば丸見えなのだ。


「あ、レッドドラゴン、持って帰った方がいいよね」

「む、そうだな。並のレッドドラゴンでも、鱗はかなりの高値で売れる。あの巨体ともなれば、なおさらだろう。せっかく倒したのだから、幾つか剥ぎ取って持っていくといい」


 ゲインが同意を示すが、俺は首を振った。


「鱗っていうか、全部持って帰ったらいいと思うよ」

「……何を言っているんだ? あんな巨体、そもそもこの通路すら通らないだろう」

「うーん、なんか嫌な予感がしてきたんだけどー?」


 半笑いするエミリーを余所に、俺はレッドドラゴンの死体に近づいていくと、保管庫の中に丸ごと放り込んでやった。


「「「れ、れ、れ、レッドドラゴンがっ!?」」」

「「「消えたあああああああっ!?」」」

「ちょっ、今、何をしたのよーっ!?」


 仰天する彼らに、俺は手にした袋を見せつつ、ドヤ顔で言う。


「アイテムボックスだよ」


 本当は亜空間に入れたのだが、そう言うとのあまりに驚かれるため、わざわざアイテムボックスを作ったのである。


 念のためちゃんと本物だ。

 容量は少ないけどな。


 これで少しは実力を隠すことができるぞ。

 ふっふっふ、こう見えて俺も学習しているのである。

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