第66話 壁に穴を開けてみたんだ
その日、俺たちはダンジョン『岩壁の洞窟』に来ていた。
先日、魔族が改造した魔物を生産していたダンジョンだ。
すでにそうした魔物は残らず片づけられていて、平穏(?)を取り戻している。
「今日はここで実戦訓練だよ。魔物を相手にこれまでの訓練の成果を試してみるんだ」
ファナとアンジェの二人は、俺の指導によって見違えるほど成長した。
その成果を実戦で確かめてみようというのである。
そんな俺の狙いに、アンジェが眉根を寄せて、
「今さらこのダンジョンに来てどうするのよ? 実戦訓練っていうなら、もっと難易度の高いダンジョンの方がいいでしょ」
ここ『岩壁の洞窟』の推奨ランクはDからC。
すなわち、Dランク冒険者やCランク冒険者など、中堅冒険者に適した難易度とされていた。
だがボランテの街の近くには、もう一つ、推奨ランクがCからBとされているダンジョン『滝壺の洞窟』が存在している。
Bランク冒険者である自分たちなら、そちらの方が適していると、アンジェは主張しているのだ。
「そこじゃ難易度が低すぎて、今のお姉ちゃんたちの実戦にならないよ」
出没する魔物の種類を聞くに、『滝壺の洞窟』が適しているのは、せいぜいBランクの下位までだろう。
この短期間で急成長を遂げた二人の実力には、役不足でしかない。
「でも、ここだともっと適さない」
「そうよ。なにせ『滝壺の洞窟』よりも雑魚しかいないんだから」
「大丈夫。とにかく、前回あの魔族がいた辺りまで行ってみるよ」
そうして俺たちはダンジョン内をどんどん進んでいく。
現れる魔物はもちろんどれも瞬殺だ。
やがて魔族と激突した場所へと辿り着いた。
「もしかしてまだあの改造された魔物の生き残りがいるってこと?」
「それはないよ」
かーちゃんたちがしっかり殲滅してくれたし、その後に俺も索敵魔法を使って、ちゃんと周辺を調べたから間違いない。
「ほら、こっちだよ」
「ん? 壁?」
「何もないじゃない」
俺が二人を連れて行ったのは、ちょっとした窪みだった。
「よく見てよ」
正面から見てみると、何の変哲もないただの窪みにしか見えない。
だが近づいていくと、そこに横穴らしきものが開いているのが確認できた。
しかも大人だと、匍匐前進でギリギリ通れるか通れないかといったくらい、小さな穴である。
もっとも小さな俺は、立ったまま通り抜けることが可能だ。
ファナとアンジェも身体が大きくないので、すんなり通ることができた。
……途中、アンジェの胸が少し引っかかったくらいだ。
穴を通った先にはダンジョンが続いていた。
「こんな抜け穴、よく見つけたわね」
とアンジェが感心していると、奥から一体の魔物が現れた。
「グルアアアアッ!!」
「って、アームグリズリーっ!?」
後ろ脚より前脚の方が大きいのが特徴的な、巨大な熊の魔物である。
「危険度Bの魔物。このダンジョンにいないはず」
それだけではない。
さらに他の魔物も次々と姿を現す。
「マンティコア!? それにアーマービートルまで!」
「あっちはデビルスネイク。グリフォンもいる」
「どれもこれも危険度B以上の魔物じゃないの! な、何なのよ、ここはっ? 本当に『岩壁の洞窟』っ!?」
「こんなところ知らない。もしかして……未発見領域?」
「その通りだよ」
未発見領域。
それは名前の通り、ダンジョン内でまだ発見されていなかった領域のことだ。
「加えてここは危険地帯でもあるみたいだね」
ダンジョンは奥に行くほど、あるいは下層に行くほど難易度が上がるが、時々そうした一般的な傾向とは違い、突然、難易度が跳ね上がる場合がある。
それを危険地帯などと呼んでいて、普通はダンジョンの入り口などで注意喚起されたり、冒険者ギルドで情報共有されたりしているものだ。
「未発見の危険地帯だなんて……しかも大幅に難度が上がってるわね……」
「ん。ここなら『滝壺の洞窟』よりいいかも」
ちなみに索敵魔法で発見した。
「壁の向こう側に強い魔物がいるなって思って。でも行く方法が見つからなかったから、壁に穴を開けてみたんだ。あんまり大きいと魔物が通れちゃうから、小さいのをね」
それが先ほど通った穴だ。
実は元からあったものではない。
「って、ダンジョンの壁に穴を開けたの!?」
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