第64話 自爆しよう

 キラン。


「……来たか」


 空が一瞬光ったかと思うと、それが猛スピードで降ってきた。

 未だに果たして自分の判断は正しかったのだろうかという思いを抱きつつも、俺はそれを出迎える。


 ズドオオオオオンッ!


 地面に突き刺さり、猛烈な土煙が巻き起こった。

 それが晴れるよりも早く、煙の中から飛び出してくる一本の杖。


『あああああああああああああマスターあああああああああああっ! 会いたかった会いたかった会いたかった会いたかったあああああああああああああああっ!』


 純白な聖竜杖リントヴルムとは対照的な、漆黒の杖である。

 それが勢いよく突進してきて、俺は押し潰される格好となってしまった。


「お、重いっ!」

『スーハースーハースーハーっ! ああああっ、間違いなく愛しのマスターの魔力っ! それにこんなに愛くるしい赤子の姿になって……っ! あああああああああ堪らないわあああああああああっ!』

「重いって! 潰れる! このっ!」


 漆黒の杖を蹴り飛ばし、強引に押し退けてやった。

 すると今までのテンションの高さが嘘のように、


『あっ……マスターが……お、怒った……? まさか……わたし……マスターに……嫌われた……? もう存在している意味がない……自爆しよう……』

「待て待て待て! 嫌ってない嫌ってないから! 来て早々、自爆しようとするな!」

『……ほ、ほんとに嫌いになってない……?』

「なってないなってない」

『よかった……うふふ……それにしても……赤子になったマスター……かわいくて、とても素敵……』


 この恐ろしいまでのテンションの落差である。

 うん、だから呼びたくなかったんだよな。


 これが俺のもう一本の愛杖――闇竜杖バハムート。

 共に知能を持つ武具でありながら、常に冷静沈着なリントヴルムと違って、めちゃくちゃ感情的なのがこのバハムートだ。


 しかも見ての通りのヤンデレ気質。

 扱いがなかなか難しい。


『転生しても……わたしに頼ってくれるなんて……とても嬉しい……』

「あ、ああ、そうだな」


 俺が歯切れ悪く頷くと、何かを鋭く察したのか、バハムートは低い声で訊いてくる。


『……マスター? もちろん、わたしをいの一番に頼ってくれた……よね?』

「も、もちろん!」

『……本当? あの性悪はいない……?』


 性悪というのはリントヴルムのことだ。

 どちらも俺の杖だというのに、あまり仲が良くなく、しょっちゅういがみ合っていた。


「いないいない」


 ここで真実を伝えるとまた自爆しようとしかねないので、とにかく誤魔化すことに。

 リントヴルムが目覚めたら、悪いけど口裏を合わせて、後から来たことにしてもらうとしよう。



    ◇ ◇ ◇



 レウスが街の外で早朝トレーニングをしている頃。

 とある旅の商人兄弟が、たまたま近くの街道を通りかかっていた。


「……き、きっと何かの見間違いだよな」

「そ、それはそうだろう、兄者」


 彼らは懸命にそう自分へ言い聞かせる。


 各地の村や街で商売を行っている彼ら兄弟は、真夜中や早朝に移動を行うことも多かった。

 その日も馬車で早朝の街道を進んでいたのだが、その際、とんでもない光景を目撃してしまったのである。


 信じられない速度で大地を駆ける人間の赤子だ。


 最初は野犬か野兎だろうと思ったのだが、望遠鏡を使ってよくよく見てみると、どう考えても人間の赤子だったのである。

 しかもまだ生まれてせいぜい数か月くらいの乳幼児だ。


 じっと観察していると、ただ走っているだけではなかった。

 飛んだり跳ねたりしながら、何と手にした剣を豪快に振り回していたのである。


「人間の赤子が、あんな風に動き回れるはずないものな」

「何かを叫んでるようにも見えるし……」

「だが……だとしたら、あれは一体何なのだ?」


 顔を見合わせ、そろって兄弟は首を傾げる。

 と、そのときだった。


 ズドオオオオオンッ!


 凄まじい音と振動。

 何事かと思って、土煙が上がる方向を見遣った彼らが目撃したのは。


 宙に浮かぶ杖と、なぜかそれと会話をしている先ほどの赤子だった。


「なぁ……赤子が喋ってるように見えるんだが……」

「兄者、生憎と俺もだ……」


 この後、彼らは「どうやら働き過ぎて疲れているらしい」と考え、しばらく長い休暇を取ることにしたのだった。

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