第49話 ちょっと待って

「「「ガウガウガウッ!」」」


 犬の頭を持つ魔物が三体、こちらへと突っ込んでくる。


「ふん、邪魔よ」

「「「ギャウンッ!?」」」


 しかし前に出たアンジェが拳を横薙ぎに一閃。

 それだけで同時に三体の魔物が吹き飛んでいき、壁に叩きつけられて絶命した。


「つ、強ぇ……」

「ああ。コボルトとはいえ、裏拳一発で三体まとめて始末するとは……」

「……さすがにAランクに最も近いと言われているだけのことはあるな」


 アマゾネスの見せる破格の怪力に、同じBランク冒険者たちが息を呑んでいる。

 ちなみに彼女の戦い方は、そのパワーを生かした拳法のようだ。


「つまらないわね。この程度の魔物しか出ないのかしら。これじゃあたし一人でも十分よ」

「ま、まぁ、普段はあまり難易度が高くないダンジョンだからね」


 退屈そうに手で赤い髪を払うアンジェに、バダクが苦笑気味に答える。


 俺たちは薄暗い洞窟の中を順調に進んでいた。

 出てくるのはコボルトなどの弱い魔物ばかりで、今のところ危険な魔物の姿は見かけない。


「アンジェ。油断は禁物」

「……ふん、うるさいわね。赤子なんか連れた腑抜けに言われたくないわよ」

「別に腑抜けてない」


 ファナに咎められても、まるで耳を貸さないアンジェ。


 アマゾネスは自分よりも強い者の存在を許せないが、同時に自分より格下と思っている相手の言うことも聞かないのだ。

 なんとも面倒な人種であるが、戦闘民族らしい性質とも言える。


 そんな感じでダンジョン内を進んでいると、ふとシーフのヘミルアが足を止めた。

 バダクのパーティメンバーで、探索や隠密行動などを得意とする彼が、訝しげに言う。


「……待ってくれ。あの辺りに何か違和感が……」

「違和感? 罠か?」

「分からない。ただ、何となく危ない感じがするんだ」


 薄暗いだけで、目を凝らしてみても何もないように見える。

 だが言われてみれば、確かに変な感覚があった。


 これは……魔物?


「ふん、罠だったとしても、この程度のダンジョンじゃ、どうせ大したことないでしょ」


 そう言って、アンジェが無防備に歩いていく。


「ちょっと待って、アンジェお姉ちゃん」


 俺は自分の直感を信じて、念のため索敵魔法を使って前方を調べてみた。

 すると目には見えなかったが、間違いなく魔物の反応があった。


「ブモオオオオオオオオオオオッ!!」

「なっ!?」


 次の瞬間、凄まじい雄叫びが洞窟内に反響した。

 相変わらず目には見えないが、膨れ上がった猛烈な気配が、こちらに向かって突っ込んでくる。


「気を付けて! ミノタウロスだよ!」

「「「ミノタウロス!?」」」

「きゃあっ!?」


 アンジェが吹き飛ばされ、こっちに転がってきた。

 ミノタウロスの突進を喰らったのだろう。


「いたたた……」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「……だ、大丈夫に決まってるでしょ!」


 アンジェは顔を顰めながらもすぐに立ち上がる。

 さすがアマゾネス、身体が頑丈だ。


「ファナお姉ちゃん、見える?」

「見えない。でも、気配は感じる。問題ない」


 ミノタウロスは二足歩行する筋骨隆々な牛の魔物だ。

 その怪力と強烈な突進が厄介な魔物なのだが、こんな風に姿を消す能力などないはずだった。


 ……前世の頃から特殊な進化をしていたりしなければ、だが。


「やれる」


 ファナは二本の剣を抜き、ミノタウロスを迎え撃った。

 地面から響いてくる足音や、その荒い鼻息を聞けば確かに対処は可能だが……。


 ザンッ!!


「ブモオオオオッ!?」


 二本の剣を交差させながら前に出た直後、ミノタウロスの断末魔の叫び声が響き渡った。

 地面に巨体が倒れる音がした直後、透明化の能力が解けたのか、徐々にその姿が目に見えるようになっていく。


「おいおい、一体どうなってやがんだよ? ただでさえ、ミノタウロスは危険度B-の厄介な魔物だってのに……これじゃ、まるでインヴィジブルパンサーじゃねぇか!」


 叫んだのはマリシアだ。


 インヴィジブルパンサーは、透明化の能力を持つヒョウの魔物だ。

 確かにそれと同一のもののように思える。


「ど、どういうことだ?」

「まさか、これも話に聞いていた異変の一つなのか……?」


 彼らの反応を見るに、この時代でも透明化できるミノタウロスなどいないらしい。


「っ……気を付けて。また来たよ。今度は一体じゃない。……十体くらいいる」

「十体だと!?」

「ていうか、君はどうやって察知しているんだ……っ?」


 透明化できるミノタウロスが十体。

 その気配を察するだけでは、対処は難しいだろう。


 そこで俺は土魔法と水魔法を使って、ある処置を施すことにした。


 バシャアアアアアアアンッ!!


「これは? 泥……?」

「うん。これなら姿を確認できるでしょ」

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