第39話 知らない人が来てるよ

「おお、そうでした」


 不意にブレット院長がそう言って手を叩いたので、バダクたちは思わず身構えた。


「お客人を迎えておきながら、まだお茶も出しておりませんでしたね。歳のせいか、最近どうも物忘れが酷くて……すぐに持ってまいりますね」

「い、いえ、お構いなく……」


 今はお茶などどうでもいい。

 遠慮しようとしたバダクたちだったが、しかしすでに院長は立ち上がって、調理場の方へと歩いていってしまった。


 残されたバダクたちは、ひそひそと言葉を交わす。


「本当にあの院長が連れ去り事件の犯人なのか……?」

「だが、考えてみたら、これほど赤子を隠すのに適した場所もないかもしれんな」

「……つまりわざわざ自分で赤子を連れ去って、孤児として育ててるってことか?」

「だとしたらとんでもない話ね……」


 動機は不明だが、周囲から人格者として通っている人物が、裏でそんな真似をしているなど一体誰が想像できるだろうか。

 少し接しただけだが、怪しい人物というふうにも思えなかった。


 そうしてしばらく待っていると、


「ねー、知らない人が来てるよー」

「ほんとだ!」

「おじちゃんたち、何しに来たのー?」


 わらわらと子供たちが集まってきた。


 ここで暮らしている孤児たちのようだ。

 まだ五歳くらいの子供たちから、十二、三歳くらいの子供まで、ざっと二十人は超えているだろうか。


「おじちゃんたち冒険者なのー?」

「すごい! 魔物とか倒すんだーっ?」

「でもここに何しに来たのー?」


 無邪気に笑う彼らに囲まれて、バダクたちは警戒を緩める。

 しっかり食べさせてもらえているのだろう、どの子も健康そうだし、とても幸せそうに見えた。


「ねぇねぇ、遊ぼうよーっ!」

「わーい、遊んで遊んでーっ!」

「ぼくもあそぶーっ!」


 そう言って楽しげに群がってくる子供たち。


「……?」


 それはほとんど直感的なものだった。

 あるいは僅かな殺気を、Bランク冒険者としての経験が感知したのかもしれない。


 バダクが咄嗟に背後を振り返ったそのときにはすでに、彼の首筋を目がけて、子供の一人が隠し持っていたナイフを振り下ろそうとしていた。


「くっ!」


 微かに刃が皮膚を掠めはしたものの、それを回避したバダクは、すかさずその子供の腹を蹴り飛ばす。


 どうやら凶刃に襲われたのは彼だけではなかったらしい。

 仲間たちもまた、いきなり牙を剥いた子供たちに対処していた。


 非力な子供とはいえ、殺気を抑えながらの、急所を狙った何の迷いも躊躇もない奇襲。

 もし彼らがBランクの上級冒険者でなかったなら、今ので致命傷を負っていたことだろう。


「いきなり何なのよ!?」

「明らかにおかしいぞ、こいつら!?」


 驚きの声を上げる彼らに対して、子供たちは相変わらず天使のような笑みを浮かべたままだ。


「ねぇ遊ぼうよー」

「お兄ちゃんたち、遊んでー?」

「あそんであそんでー」


 見ると、彼らを襲った数人だけではない。

 子供たち全員が各々武器を持って、いつでも飛びかかれるよう臨戦態勢に入っている。


「油断させておいてからの奇襲でしたが……子供相手とはいえ、よく対処しましたねぇ。どうやらそれなりに実力のある冒険者たちのようです」


 そこへ調理場から院長が姿を現す。

 にこにこと柔和に微笑んではいるが、もはやそんな笑みに騙されるはずもない。


「っ! 貴様っ……これは一体どういうことだ!? 子供たちに何を教えた!?」

「こいつ、どう考えてもただの院長じゃないわね!」

「やはり連れ去りの犯人か!?」


 声を荒らげるバダクたちにもまるで動じず、院長はあっさりと自供した。


「いかにも、わたくしが犯人ですよ。先日の一件で、冒険者ギルドが動いていることは知っていましたが……まさかこうも簡単に突き止められてしまうとは思いませんでした。先ほどあなた方が訪ねてきたときは、さすがの私も少々動揺してしまいました。ですが、お陰で素晴らしい実戦の機会が与えられましたね」


 それから彼は子供たちに命じる。


「さあ、皆さん。見ての通り、このお兄さんたちはかなりの強敵ですよ。ですが、皆さんならきっとヤれると信じています。なにせここまで厳しい訓練に耐え続け、生き残ってきた精鋭たちなのですからね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る