第29話 一日仕事だったね

「レウスくん!? よ、よかった……っ!」

「?」


 冒険者ギルドに戻ると、なぜか俺の顔を見るなり受付嬢のイリアが駆け寄ってきた。

 そのまま俺を抱え上げ、抱き締めてくれる。


 ……なんと情熱的な抱擁だろうか。

 その思いに応えて、しっかり胸の感触を堪能しなければ。


「どうしたの、アンリお姉ちゃん?」

「あ、ごめんね、レウスくん。実は私、すごく心配しちゃって……。でも、ここに居るってことは、まだオーク狩りには行ってないのね?」

「え? 行ったけど?」

「え?」


 首を傾げるイリア。


「だ、だって、オークの森に行って帰ってくるだけでも、丸一日はかかるのよ……?」


 ゆっくり飛んでいったけど、往復二時間で済んだぞ。


「本当だよ。ちゃんとオークも狩ったし」

「狩ったって……どこにあるの?」

「ここに出してもいい?」

「……?」


 俺は亜空間の中からオークを一体取り出した。

 巨体が何もない場所から引き摺り出されて、受付前の床にどさりと転がる。


「「「~~~~~~~~~~っ!?」」」


 それに仰天したのはイリアだけではない。

 遠巻きに様子を見ていた冒険者たちも驚き、慌てて剣を抜いたり身構えたりする者も少なくなかった。


「ま、待て……あれは死体なのか……?」

「あんな綺麗なオークの死体があって堪るか!」

「だが動かないぞ? 気絶している……?」

「……というか、今どこから出てきたんだ?」


 どうやらオークの死体が綺麗すぎて、まだ生きていると思ってしまったらしい。


「安心して、お姉ちゃん。ちゃんと死んでるから。五十くらいあるんだけど、ここに出しちゃって大丈夫かな?」

「ごごご、五十っ!? いやいやいや、どれだけ倒したの!? って、どこに仕舞っているのかまったく分からないけど、こんなところに出さないで!? 今すぐ解体場に!」


 というわけで、いったんそのオークは亜空間へと仕舞い直し、イリアに連れられてギルドに併設された解体場へと足を運ぶ。

 ……なぜか他の冒険者たちも後を付いてきている。


「すいません、ボドックさん」

「イリア嬢か。何の用だ?」

「その……ちょっとここのスペースを使ってもいいですか……?」


 出迎えてくれたのは、ギルド専属の解体師だという、筋骨隆々の大男だった。

 魔物の解体を終えたばかりなのか、見に付けたエプロンには返り血が付いていて、大きな包丁を手にしている。


「構わんが、どうした?」

「ええと……とりあえず見てもらえれば……。レウスくん、お願い」

「っ? おいおい、もしかしてそいつが噂の赤子冒険者か? マジで赤子なのに普通に歩いてやがる……」


 どうやら俺のことを知っているらしい。

 目を丸くしている解体師や、どういうわけか後を付けてきた冒険者たちを余所に、俺は倒したオークをすべて亜空間から取り出した。


 ドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサドサ。


 五十体ものオークの死体が、解体場の床にずらりと転がる。


「「「………………」」」

「これで全部かな。……あれ?」


 振り返ると、誰もが言葉を失ったように立ち尽くしていた。


「ね、ねぇ、レウスくん? 依頼を引き受けたのって、今日の午前中だったわよね?」

「うん、そうだよ」

「その後、オークの森に向かって、一人でこれだけの数を狩って、それで戻ってきて……今、まだ夕方なんだけど?」

「一日仕事だったねー」

「一日仕事って! 普通はこんなの数人がかりの数日がかりよ! しかもハイオークまで交じってるし!」


 声を荒らげるイリアを余所に、解体師のおっさんがまじまじとオークの死体を調べ出した。


「ど、どいつもこいつも身体に全然傷がねぇだと? あるのは頭に開いてる謎の小さな穴……。おいおい、どうやったかは知らねぇが、まさか頭だけを貫いて殺したってのか……? しかもこの鮮度……間違いなく、殺されてからまだ三十分、いや、十分も経ってねぇぞ……」


 なかなかの目利きのようだ。

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