第15話 ただの赤子だけど

「はぁっ!? ちょっと待て!? 何だ、この赤子は!?」


 リントヴルムに驚いていたギルド長だったが、俺の存在に気づいて目を剥いた。

 受付嬢のイリアが苦笑しながら言う。


「そうなんです、ギルド長。先ほどファナさんが受付に連れて来られまして」

「ファナが?」

「街の外で拾ったとか……」

「……意味が分からん」


 俺は改めて挨拶した。


「どうもこんにちは。僕はレウスだよ。冒険者になりたいんだ」

「正直まだ全然この状況を受け入れることができていないのだが……。なんにせよ、さすがにその歳ではなぁ」

「でも試験に年齢制限はないんでしょ?」

「ああ、そうだな。だから厳密には赤子でも受けることは可能だ。だが受けたところで、とてもではないが合格できるとは思えん。百歩譲って喋ることはできたとしても、まだまともに歩けんだろう。いや普通は順序が逆だろうが……」

「歩けるどころじゃないけど? ほら」


 俺はイリアの胸から飛び降り、軽く着地する。


 さらに次の瞬間、地面を蹴ると、一瞬で天井へと移動。

 イリアには俺の姿が消えたように見えたのだろう、「え?」と目を丸くしている。


 一方、ギルド長の方はさすがに俺の動きが見えたようで、僅かに遅れながらも視線が追いかけてきた。

 だがそのとき俺はもう天井を蹴り、ギルド長の背後の壁へと移動していた。


 さらにその壁も蹴って、俺はギルド長の背中へと跳ぶ。

 慌ててこちらを振り返るギルド長だったが、遅い。


 彼が振り向く前にはすでに、俺はその首に足を巻きつけ、肩車を完成させていた。


「なっ!?」

「ね? それなりに動けるでしょ? どうかな? 試験を受けてもいい?」


 ギルド長の禿頭をぺちぺち叩きながら訊く。


「ば、馬鹿な……油断していたとはいえ、儂の背後をこうも簡単に取るとは……。いや、そもそも目で追い切ることすらできなかったなんて……。引退したとはいえ、これでも俺は元Aランク冒険者だぞ……?」


 わなわなと唇を震わせているだけで、全然こっちの質問に答えてくれない。

 イリアも「え? え? いつの間にギルド長のところに?」と当惑している。


「しゃ、喋れるだけじゃなかったんだな……しかしお前さん、一体何者だ?」

「ただの赤子だけど?」

「そんな赤子がいてたまるか!」


 本当なんだけどな。

 ギルド長はハァと息を吐いて、


「まぁ、冒険者ってのは実力主義の世界だ。それだけの力がある奴を、門前払いするわけにもいかないだろう」

「じゃあ、試験を受けても良いの?」

「ああ。試験官らには儂からあらかじめ伝えておく。……いきなりお前みたいなのが現れたら驚くだろうからな」


 どうやら試験を受けることができるみたいだ。

 イリアが日程を教えてくれた。


「えっと、一応、直近の試験日は明後日だけど……」

「じゃあそれでお願い、お姉ちゃん」

「わ、分かったわ……」




    ◇ ◇ ◇




 赤子を抱きかかえ、部屋を出ていく受付嬢のイリア。

 ドアが閉まった瞬間、俺は張り詰めていた緊張の糸が切れたように、その場で思わず膝を突いてしまった。


 額から垂れた汗がポタポタと床を濡らす。


「……ったく、とんでもない化け物が現れやがったもんだぜ」


 あの杖も恐ろしかったが、真にヤバいのは間違いなくあの乳飲み子の方だ。


 背後を取られるどころか、首に密着されてしまった。

 もし奴がその気だったなら俺は確実に殺されていただろう。


 元Aランク冒険者の俺が、生後二か月の赤子にやられかける?

 何の冗談だ。


「しかも儂の勘が正しければ……奴はあれで本気じゃなかった……」




    ◇ ◇ ◇




「終わった?」

「あ、ファナお姉ちゃん。うん、お陰で無事に試験を受けられるみたいだよ」


 イリアに抱えられて受付のところまで戻ると、まだファナがいた。

 気になって待っててくれたのかもしれない。


「そう。頑張って」

「うん、ありがと」

「試験はいつ?」

「明後日だって」

「それまでどうするの?」

「野宿かな? お金ないし」


 森で生活していたのだから当然だけれど、俺は無一文だった。

 宿に泊まるお金などあるはずもない。


「ちょっ、さすがにそれはダメよ!? その見た目で野宿なんてしてたら、完全に捨てられた赤子じゃない!」


 話を聞いていたイリアが、とんでもないとばかりに声を上げる。

 そもそも捨てられたのは本当なんだけどな?


 ファナが言った。


「それなら私の部屋に泊る?」

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